懐かしいこの街で、
懐かしいこの場所で、
私は過去に想いを馳せる。
過去は戻ってこないけど、
私には思い出がある、
志貴がくれた、
大切な思い出があるから。
3/邂逅
暗い路地の裏。
その突き当たりに女は立っている。
何をする様子もなく、
その姿はさながら彫刻のようだ。
―――だが、そんなこと関係ない。
血が訴える。
七夜の血が私に告げるのだ。
―――アイツは魔だと、
―――アイツを狩れと、
とある路地裏。
街の死角といった風のあるこの場所は、それに、どこか血生臭い雰囲気があった。
昼間だというのに薄暗く、大通の喧騒は届かない。
こんな場所を知っている人は僅かだろうし、当然ここに訪れる人はさらに少ない。
だからこそ、何が起こったとしても気付かれることはないのだ。
そしてそれは私にとっても都合がいい。
私の仕事は大抵、夜に行う。
当然、人目について騒ぎを起こすのはタブーだからだ。
それはつまり通常は敵が最も力を発揮する時間帯で、
こっちに不利な状況ということになる。
まあ、夜間しか活動ができないような死徒は雑魚というのが相場で、
こうして昼に活動しているヤツはそれだけである程度の力があると判断できる。
久々の大物、
いや、それはまだわからないか・・・
先日の死徒よりは数段上の力があるのは遠目にもよくわかる。
存在密度というのか、威圧感が段違いなのだ。
まあ、やってみればわかることかな―――
私は音もなく腕を振った。
そして数瞬の間もおかずに弾けるように跳ぶ。
その気配に気がついたのか、金の髪をなびかせて女が振り返る。
―――だが、遅い。
既に女の目の前には都合八本の錐が迫っている。
敵の力が未知数である以上はそれ相応の覚悟が必要だ。
初撃に手加減など三下のすること。
故に投擲するその錐は最速。
その軌跡は、さながら銀の稲妻。
常人、いや、一介の死徒になど反応さえ出来ないだろう。
防いだところで数メートル吹き飛んで壁に激突するのは必至、そういう技だ。
「な―――」
―――ドドドドドドドドン! ドガシャーン!!
女はなにか声を上げたようだが、八本全ての錐の直撃を受けて路地裏の更に奥。
幾つも積まれた古めいた箱のど真ん中に吹き飛んでいった。
同時、女が数瞬前まで立っていた場所に私は降り立つ。
手には既に次の錐が握られている。
私は油断せず埃立った路地の奥を睨みつけ、ゆっくりと近付く。
―――ゾクリ
「――――――っ!?」
私は寒気を感じて飛び退いた。
女の吹き飛んだ路地の奥。
そこから溢れ出している歪みが感じとれた。
ぞわり、と。
目に見えない毒が流出しているような、違和感。
「―――鉄甲作用、ってことは埋葬機関かな? 毎度毎度やってくれるわね、まったく。」
静まる埃の中から声がした。
白い女は傷一つなく、服についた埃を払う。
「―――な、無・・・傷?」
目を疑う。
間違いなく八本全て直撃したはずだ。
それが、
それが、無傷?
なんの冗談か、
単純に効いていない?
―――いや、回復、復元呪詛の類いかもしれない。
この復元の迅さ、やはりただの死徒ではない。
第五、いや、七階級以上か・・・
「それに不意打ち、いったい何の冗談? 遺言があるなら聞いてあげるわよ、どこの誰かは知らないけど―――ね!」
一段と威圧感が増す。
女の発する殺意は空気を侵食し、そこにいるだけで圧し潰されそうだ。
―――いけないっ!
女が顔を上げる瞬間、私は跳んだ。
ビルの壁を蹴り女の死角に回り込む。
同時、今度は倍の十六本の錐を投擲する。
―――なっ、いない!?
女の姿が消えた。
砂煙を上げて錐が地面に突き刺さる。
「―――どこに投げてるの、私ならここよ?」
不意に背後から女の声。
ぞっとする程物静かなその声に、
だけど怯むことなく私は振り返る。
同時に肘打ちを繰りだし
―――止められた。
「くっ―――」
すかさず女の膝を踏み、掴まれた肘を支点に回転。
逆さになったまま二分の一身体を捻り、女の頭に蹴りを放つ。
ボーリングのボールくらいなら軽く蹴り砕く私の蹴りを、
女は軽く片手で受けとめた。
―――ちっ
舌打ちをする。
そのままその反動で掴まれた肘を抜き、
女の背後、数メートル離れたところに降りた。
疼く腕をみると袖が破れていて、アザになった肘が覗く。
―――ダメだ、
この女、ちょっと格が違う。
私の体術は何一つ通用しない上に、相手はまだ余力を残している。
「へえ、なかなかやるじゃない? 一体どんな顔して―――」
そういって振り返った女は私の顔をみて息を飲んだ。
その顔には驚きと困惑の表情が浮かんでいる。
「―――し、き?」
シキ?
何をいっているんだろうか?
「でも志貴はもう・・・でも、この雰囲気―――」
何かはしらないがこれは好機。
新しい錐を構えて―――
「―――ちょ、ちょっとまって!」
戦いの最中ということを忘れたかのように女はブンブンと腕を振っている。
制止しようとしているようだ。
その表情は好奇心でいっぱいという風で、
あまりに無邪気なその笑顔を見て、私は構えを解いた。
「―――なに?」
「あなたの名前教えてくれない?」
「姫流、七夜姫流、それが何?」
「七夜・・・」
そういって女は無防備に近寄ってくる。
「あのさ、志貴―――遠野志貴って知らないかな?」
遠野、それは―――
それに志貴。
志貴は曾祖父の名だ。
だけど、遠野ではなく七夜志貴。
「―――どう、知らない?」
しかし、ちょっと待って。
曾祖母の姓は遠野。
私に流れる魔の血。
そして確か、
曾祖父は、曾祖母と兄妹だった時期があったらしいといっていた。
ということは、それは、
―――遠野、志貴?
「どうしたの?」
「―――知ってる、かもしれない。志貴は私の曾祖父よ。」
「やっぱり! やっぱりそうかー、雰囲気同じだと思ったのよねー」
女は満面の笑みを浮かべて私を見る。
いま一つ、よくわからない。
「あなた、曾祖父―――志貴おじいちゃんを知ってるの?」
「うーん、知ってるっていうか、友達というか、戦友というか、恋人というか・・・」
戦友?
恋人?
女の口から出た言葉は酷く予想外で、
私はその女の雰囲気に飲まれてスイッチを切った。
とりあえず、戦いは後回し。
少し話しをしようと思う。
「えっとねー、随分前だけど、私、志貴に殺されたのよ。」
邂逅/了
02/05/21 21:36脱稿
02/05/25 1:30改訂