ちょっとした謀りごと
八月も半ばに入って、私は両儀の屋敷で盆を迎えていた。
ほんとうはそんなつもりなんて全然なかったのだが、
高校最後の夏休みにはいってすぐ、秋隆のやつがアパートにやってきた。
用件はただひとつ、数日でいいので両儀の屋敷に戻って来てくれないか、である。
もちろん私はそれを突っぱねたのだけど、
進路について一度話をするべきだとか、掘り出し物の短刀があるだとか、
秋隆はとにかく私を屋敷に連れて行きたいようで、次々と新しいカードを開いていく。
まあ、短刀というのは魅力的ではあったが、
その帰省に意味を見出せない私は断り続けて。
結果、秋隆は最後の切り札を使って、こういったのだ。

「お嬢様には、私の言葉は届かないのですね・・・」

と、その台詞だけならどうということもなく、断ることも可能だが、
なんというか、その、大の男に泣きまねをされてはたまらないわけで、
結果として私は二日間だけだぞ、と折れてしまった。
その、私が了承したときに、(嘘)泣き崩れている秋隆の口元に、
ニヤリと笑みが浮かんだのは気のせいだと思いたい。


ちょっとした謀りごと


「お嬢さま、黒桐様がおみえになっておりますが・・・」

午後二時過ぎ、縁側に座って外を眺めていると、唐突に現れた秋隆がそう告げた。

「は―――幹也が?」
「はい、玄関でお待ち頂いておりますが、いかがいたしましょう?」

幹也が来た?
どうしてだろう、私がここにいることを何故、幹也が知っているのか、
どうせ二日間だけだからと、私は今回の帰省を誰にもいっていなかったのに。
 
「お通ししますか?」
「いや、いいオレが行くよ。玄関だな?」

はい、と秋隆が頷くのをみて私は玄関に向かった。

「こんにちは、今日も暑いね、式。」

玄関に着くと、幹也がそんな挨拶をする。
夏だというのに上下とも黒い服を着ている幹也は額に汗を浮かべていた。

「別に、オレは暑くなんかないよ。幹也こそ暑いなんていうなら少しは違う色の服を着たらいいんだ、」
「あはは、そうだね。でも、がまん出来ないわけじゃないから、心配しなくても大丈夫だよ。」
「だ、誰が心配なんか―――」

幹也のその台詞を私は否定する。
幼い頃からおよそ普通の女の子らしい生活をしていない私には、こういう台詞に免疫がない。
クスクスと含み笑いを漏らしている幹也は、それを分かっていっているようで性質が悪い。

「幹也―――っ!」

キッと睨みつけてやると、幹也はピタリと笑うのを止めて、

「それで式、用事ってなに? わざわざ両儀の屋敷まで呼び出して、何かあったの?」

なんてことをいう。
私はその言葉に違和感を感じ、問い返していた。

「・・・呼び出して、ってオレが?」
「あれ、違うの?」

もちろん私にはそんな憶えはない。
私が黙っていると幹也は不思議そな顔をしてに続ける。

「お昼前に秋隆さんが来て式が呼んでるって―――ねえ、秋隆さん?」
「―――はい。」

幹也がそういったと同時、後ろからそんな返事が聞こえた。

「うわぁっ! あ、秋隆居たのか。」

私は驚いて、ズサッっと身構える。
この私が、すぐ後ろに居た秋隆の気配を、今の今まで感じられなかったのだ。
いくら幹也と一緒で、気が緩んでいたからって―――

「―――秋隆、」
「はい、」
「オマエ、盗み聞き、してたのか?」

いつも通りの涼しい顔をして立っている秋隆に私は問う。
視線は鋭く、粗相を犯した使用人を見咎めるかのように、

「いえ、滅相もございません。偶然通りかかっただけでございます。」
「・・・本当だな?」
「はい、照れてお顔を赤らめたお嬢さまなど、決して見ておりませんのでご安心下さい。」
「――――っ!」

―――ああ、
    これはもう、
    ヤるしか、ない―――

「うわっ、ナイフはダメだ、式!」
「離せ、幹也! いくら秋隆でも、許すわけにはいかないんだからっ!」

ナイフを持って、秋隆に飛びかかろうとしていた私を、幹也は後ろから抱きつく形で止めた。
相手は幹也だから投げ飛ばすわけにもいかず、私はそれを振り払おうと叫んでもがく。

「落ちつきなよ式、秋隆さんも悪気があって居たわけじゃないんだから。」
「黒桐様の仰るとおりです。この秋隆、決してお嬢さまを困らせようなどとは思っておりません。」
「―――――っ!」

もう、限界。
口ではああいっているが、秋隆は楽しんでいる。
幼い頃からそばにいたせいか、私にはわかった。
だから、
もう、許せない。
私は力いっぱい幹也を振りほどこうとして、

―――ギュッ、とされた。

「―――み、きや?」
「もう、何だってキミはそんなに怒ってるんだ。いいじゃないか、あれくらいのこと。」

私が止まったのを確認して、幹也は離れる。

「恥ずかしかったのはわかるけど、だからってナイフなんか出したらダメだよ、式。」
「・・・ゴメン」

悪戯をした子供を諭すように幹也がいって、
調子を狂わされた私はそう、呟く。

「うん、分かってくれたならいいよ。」

そういって、幹也は私の頭にポンポンと手を置いた。
横目に、秋隆がうんうんと頷いていているのが見えて、私は顔が赤らむのが自覚できた。
その、さっきの今なので暴れることはしなかったけど・・・

「―――それで秋隆さん、用件ってなんですか? なんだか式はそんなこと知らないようですけど。」
「はい、実は、お嬢さまが呼んでいるというのは口実でございます。申しわけごさいません。」

そういって、秋隆は深く頭を下げた。

「口実?」
「はい、どうしても今日、黒桐様に来て頂きたく虚実を申した上げた次第でございます。」

凛として応える秋隆の姿には、嘘をついたことへの負い目は感じられない。

「はあ、どうしても、ですか。まあ、いいですけど、いったい何ですか?」
「はい、立ち話もなんですので、どうぞお上がり下さい。」

コチラへどうぞ、といって、秋隆は屋敷の中に入っていく。
幹也は首を傾げて、中に進んでいく秋隆を眺めている。

「―――幹也、」
「あ、なに、式?」
「手、そろそろ離してくれないか?」

私がそういうと、幹也は思い出したように頭から手を離す。
今まで、幹也はひとの頭をぽんぽんとしながら秋隆と話していたわけで、
おかげで、私の顔はおもいっきり赤く染まっていたりするのだ・・・




・・・・・



そんなやりとりのあと、
僕と式は秋隆さんに導かれるままに広い両儀の屋敷を歩く。
これだけ広い屋敷で目的地が分からないのはどこか不安だったので、
僕は式に聞いて見ることにした。

「式、どこ行くのかな、わかる?」
「オレにわかるはずあるか、秋隆に聞けばいいだろ。」

式はあたりまえのようにそんなことをいう。

「うん、そうだね。でも・・・聞きづらいと思わない?」
「まあ、たしかに・・・」

式とそんなやりとりをして、僕はもう一度秋隆さんに目を向けた。
うん、秋隆さんは見た目普通だ。
普通にしてはいるのだが、なんというか、その。
その身に纏う空気がただごとではないのだ。

そう、強いて言うのなら、最近流行のテレビドラマ『月姫』、
それに出てくる謀略和メイドの琥珀さんが悪巧みをしている時の空気だ。
結局、僕はその空気に圧されて、
どうしても秋隆さんに声をかけることは出来なかった―――




・・・・・



そうして秋隆が招いたのは、父の書斎だった。
こちらです、といった秋隆はその襖をノックして、

「式お嬢さまの婚約者をお連れしました。」

今、なんて、いった。
婚約者、誰の?
式お嬢様、私の?
私の婚約―――

「―――なっ!?」
「―――は?」

数秒の思考のあと私が声を上げると同時、幹也も間の抜けた声を上げる。
部屋の中から父の入室を許す声がした。
それにはい、と答えた秋隆の腕を無理矢理引っ張って私は廊下を進む。
無言のまま二分ほど歩いて、中庭に出たところで私は秋隆の腕を離した。

「お嬢さま?」

振りかえった私を見て、秋隆はそういった。
私は一度息を吸い込んで、

「何を言ってるのよ、あなたはっ! 婚約者ですってっ!?」

おもいっきり、怒鳴ってやった。

「何を言っていると申されましても、言葉の通りだとしか申せませんが・・・」

秋隆はなにか? と、ほんとうに何でもないことのようにいう。

「だから、何を考えているのかっていってるのっ! 私が―――」

そこで、
知らず自分が女性の言葉を使っていることに気が付いた。
私はチッ、と舌打ちをして言い直す。

「―――オレがいつ、誰と婚約なんかしたっていうんだ。」

視線は鋭く、私がそう問いただすと、秋隆はそんなこと、と答えた。

「何を仰るかと思えば、お嬢様。黒桐様が仰られたではありませんか、
『君を、一生、許[はな]さない』と、あれはそういうことではありませんか?」

―――君を一生許[はな]さない。

それは、あの事件の最後に幹也がいった言葉だ。
私はうろんな頭で、それを聞いていた。

「オマエ、なんでそれをっ!?」
「申しわけありませんが、それは申し上げられません。」

秋隆は毅然と言い放つ。

「申し上げられませんって、オマエ―――」
「いくらお嬢さまでも、こればかりは・・・」

聞いていた?
いや、それはない。
あの場所にいたのは私と幹也だけだ。
なら―――

「―――幹也か、」
「・・・申し上げられません。」

その間が全てを答えてくれた。
幹也のやつ―――

「・・・お嬢さまは、黒桐様がお嫌いなのですか?」
「―――は?」

唐突に、秋隆はそんなことを聞いてきた。

「黒桐様とのご婚約を否定されるということは、お嫌いということでしょうか?」
「だ、だから誰が婚約なんか―――」

私の言葉をかき消すように、秋隆はズイっと一歩踏み出して、

「お嫌いなのですか?」

と、繰り返した。

「―――べ、別に嫌いじゃ、ない、けど。」
「では、よろしいではありませんか。何をそんなに慌てていらっしゃるのですか、お嬢さまらしくもない。」
「で、でも、そういうのって両方がそう思わないとダメなんじゃないのか?」
「ご婚約のことですか? でしたら心配は無用です。黒桐様が拒否されるはずはございません。」
「そ、そうかな?」
「はい、間違いなく。」

秋隆は断言する。
幹也は婚約してくれる、と。
幹也が、私と結婚する、と。
私は顔が熱くなる。

「さあ、お父上のところへ参りましょう。」

私が思索に耽っていると、秋隆はそう促した。

「―――秋隆、」

そこで、私は気付いた。

「はい、なんでしょう?」
「オマエ、このために私を屋敷に戻して、嘘を吐いてまで幹也を呼んだのか?」

不満気にいう私をみて秋隆は、

「・・・申し上げられません。」

とだけ答えた―――





<エピローグ>

「ところでお嬢さま、置いていかれた黒桐様はよろしいのですか?」
「あ―――」
それで、思い出した。
まあ、置き去りにされたままの幹也が、あの気難しい父と意気投合していたというのは、
また、別のお話。




ちょっとした謀りごと/了
02/08/12 0:37 脱稿
<あとがき>

ういんぐです。
秋隆祭りおめでとー(違
ここは一つ投稿しとこうと思って気合入れてヤりました。
実は、ういんぐは投稿というのは初なのです。
き、緊張・・・!?

まあいいです。
一言いって去ります。
このSSは秋隆モノです。
決して式モノではありません。
本人も書いててこれ、秋隆メインか?なんて疑問に思ってません。
女言葉な式萌えーとか、むしろくれ。いや、強奪してやるとか、思ってません。
秋隆モノです。
信じて・・・(涙

感想とか頂けたら道で踊ってると思ってください。
でわ!



<真のエピローグ(蛇足というか、照れ式に萌死しる)>

「幹也、おまえあのコト秋隆に喋っただろ。」
「え、あのコトって?」
「あ、あのコトっていったらあのコトだよっ!」
「あのね、式。あのコトだけじゃ分からないよ。」
「もう、いい!(そんなの口に出せるか、・・・バカ)」


※ このSSは2002年8月15日に、秋隆祭りに寄稿したものです。


□この作品の感想をお寄せください。(任意)
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