魔狩る朱鷺色 21/巡る月・後
そして私は臨む、
私が私であるために―――


21/巡る月・後



「ふぁ、おはよー」

その昼下がり、火照った身体を冷ますため私がテラスで涼んでいると、
寝惚け眼を擦り欠伸をしながら、アルクェイドが顔を出した。

「んー、いい天気。今夜は月が映えそうね・・・」

グッ、グッと身体を反らせてストレッチをするアルクェイドに目を向ける。
真昼の日差しを全身に受けるアルクェイドは実に気楽そうだ。
今さらこの女を相手に吸血鬼の常識を問うても意味は無い。
私は黙ってそれを見る。

「あれ―――姫流、顔赤いよ? どうしたの?」

ふと視線が合ったアルクェイドが身体を反らせたまま口にした疑問。
忘れようとしていたことを思い出し、私は視線を逸らした。

「・・・別に何もないわよ、」

そっけなく、本当に何もなかった風に私は応えたが、
アルクェイドは疑っているのか首を傾げてこっちを見つめている。
ほんとこの女はいらない時にだけ鋭いのだから嫌になる。

「それよりアルクェイド、こんな時間から起きていて大丈夫なの?」

その視線に耐えかねて、私は話を変えることにした。
考え込むこと数秒、アルクェイドは思い出したように口を開く。

「ああ、探査のことね。うん、大丈夫なんじゃないかな・・・」

見つかるときは見つかるし、見つからないときは見つからないわよ、なんてことを言ってアルクェイドは笑う。
当然といえば当然のことだが、少し不安。
そう、とだけ言って頬杖をついたまま私はため息を吐いた。
実に憂鬱である。

「ねえ、ほんとにどうしたの?大丈夫、姫流?」

心配そうな表情でアルクェイドが覗き込むようにして私を見る。
アルクェイドのこの表情は初めて見たな、なんてコトを考えながら心の中で自嘲する。
なんて無様。
切り替えの速さと冷静さが私の売りなのだ。
いくら今夜は探査だけだといっても、このまま行っては仕事にならない。
目を閉じて、深く息を吸い込んで気持ちを切り替える。

「―――アルクェイド、簡単に今夜の打ち合わせをするわよ」
「・・・え、あ、うん」

急に目を開いて言った私に驚いたのか、アルクェイドは戸惑いながら頷く。
打ち合わせといっても、アルクェイドが探査に集中する場所を決めるくらいで、本当に簡単なこと。
まぁ、それでもしないよりは幾らかマシだろう。

「あ、こんなところにいたんですか姫流ちゃん」

そんなことを考えていると、リビングの方から琥珀さんがやってきた。

「あ、おはよー琥珀」
「おはようございます、アルクェイドさん」

よっ、と手を上げていうアルクェイドにぺこりとお辞儀して琥珀さんは返す。
目があった私にもまったく普段どおり、先のことなどなかったかのように振る舞っている。

「・・・どうしたの?」

だから私も気にせず普段どおりに訊く。
ここで頬を赤らめて俯きでもすれば女の子らしいのかもしれないが、そんなことは知ったことではない。
一瞬、つまらなさそうな表情を浮かべて琥珀さんは応える。

「はい、伏見さんがお目覚めになられました」
「・・・早いわね」

予定では銀迩が起きるのはあと6時間は後のはずだ。
いくら研究中だといっても、琥珀さんの薬に限ってそこまで時間が狂うことは珍しい。
その考えを裏付けるように琥珀さんも困ったような表情をして頷いている。

「ええ、ちょっと早すぎますね。まぁ、怪我の方は大分良くなっていたので問題はないですけど」
「へぇ、あの人―――銀迩っていったっけ、起きたんだ?」

横からのアルクェイドの言葉に琥珀さんは頷く。

「なんか、いつも寝てばかりだから、八百年くらい寝るのかと思ったよ」

私みたいにね、とアルクェイドは笑う。
けたけた笑うアルクェイドを横目に私は訊く。

「それで、わざわざ探してたのは何?もしかして、私を呼んでるとかいわないわよね?」
「さすが、鋭いですね姫流ちゃん。その通りです」

まったく、面倒なことこの上ない。
私は気だる気にため息を吐いて呟く。

「怪我が治ったなら自分で来なさいよね・・・」
「まぁ、伏見さんもそう仰っていましたが、あと3時間は安定させるために絶対安静なんです。仕方ありませんよ」

悪態づく私をみて、琥珀さんは楽しそな笑顔を見せる。
安定させる、というのがどことなく怖い気がしたが考えないことにした。
たぶん知らない方がいいことだ、と判断したからである。
ふと、気が付くとアルクェイドの姿が無かった。

「―――アルクェイド?」
「おーい姫流ー、上よ、上ー」

聞こえてきた声に目を向けると、二階の窓から顔を出して手を振っている。
おそらく、いや、間違いなく。また窓から入ったんだろう。

「あなたね、何度言えば分かるのよ、階段を使いなさいってー」
「えー、だってこっちの方が早いよ?」
「だから―――はぁ、もういいわよ。待ってなさい、今行くから」

二階へ向けて声を張るのも馬鹿らしく、そう告げてテラスからリビングに戻る。
あのばか女には何をいっても無駄だ。
ため息を吐くことさえ無駄に思えて、私は黙って二階へ向かった。

「あ、遅いぞ姫流―――ってあれ、琥珀は?」

階段を上がり客間に向かうと直ぐ、窓枠に腰掛け足をぶらつかせていたアルクェイドが私に気付いた。
一人上がってきたことを疑問に思ったのか、ぴょんと飛び降りながらアルクェイドは訊く。

「知らないけど、なんか用があるみたいね。どっかいったわよ」
「ふーん、そう」

さほど興味はないのかアルクェイドはそれだけ呟いて歩き出す。
それに続いて歩くこと十数秒、大した会話をする間もなく私たちは客間に付いた。
ノックを二回。

「入るわよ」

返事も待たずに扉を開けるとちょうど、気だるそうな顔をした銀迩が振り返るところだった。

「あ、おはよう。姫流ちゃん、今日もいい天気だね」
「もう昼過ぎよ」

のほほんと挨拶をする銀迩に短く返して部屋に入る。

「おはよー、寝ぼすけさん。気分はどう?」

扉を閉めて後に続いたアルクェイドが私の影から顔を出して問い掛ける。

「おはよう。まぁ、多少頭は重いけど悪くないかな」

アルクェイドが真祖だということに対する警戒など微塵もみせず、銀迩は苦笑を浮かべて頭を掻いた。
元々がナンパなこの男のこと、美人に対する態度の変化は納得するが、相手がヒトじゃなくてもお構いなしだというところには呆れるを通り越して敬意さえ抱く。

「銀迩、あなた三時間は絶対安静だって。あと、起きるの早すぎ」
「うん、どっちも聞いた」

視線をこちらに向けて銀迩は続ける。

「ほら、俺の血に薬への抵抗力か何かあったのかも・・・」
「ああ、『魔女』の血ね」

基本的に普通のヒトと同じはずなんだけどね、と銀迩は笑う。
副作用のことを忘れているのか、実に楽観的である。
忘れていられるものなら敢えて思い出させなくてもいいだろう。
私はのど元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「―――魔女?」

と、横に立つアルクェイドが首を傾げて呟いた。

「言ってなかった?あなたがこの間いってた『魔女』の生き残りよ、これ」

そういって私は銀迩を指差す。

「これ、って・・・」
「へぇ―――」

鋭い眼で腕を組むアルクェイドに見据えられ、何か抗議しかけた銀迩は言葉を飲んだ。

「アルクェイド?」
「―――なるほど、この間は気付かなかったけど確かに『違う』わね」

探るように見つめるのは、先日の魔物との戦闘時に見せた凶った瞳。
目を逸らさず、銀迩はその視線を受け止める。

「ふぅん、純血種ではないわね。まぁ、純血の『魔女』なんてそれこそ昔話にしか出てこないけど」

交錯する二人の視線。
数秒の沈黙。

「ほんっと、日本は飽きないわね・・・『魔女』なんて希少種、初めてみたわよ」

ふっ、と笑ったアルクェイドは組んでいた腕を解く。
真祖にとって対する存在であるはずの魔女を前にこの気楽さ、
どうやら魔女と真祖の関係は無条件で敵対するようなものではないらしい。
私はその認識を改め、話が逸れる前に軌道修正をかけることにした。

「それで銀迩、何の用なのよ?」
「ああ、うん。今夜なんだけど・・・」
「連れてかないわよ」
「そう、一緒に―――て、何でさ」

銀迩は訳がわからない、といった表情で訊く。

「怪我人は邪魔よ、寝ていなさい」

私は腕を組み当然だという風に告げた。

「琥珀さんの薬なんか飲んでまで治そうとしているのは認めるし、あなたのディに対する意思も認めるけど」
「だったら」
「琥珀さんに聞かなかった?どんな副作用があるかわからない、って」
「・・・聞いたよ」

視線を逸らせ小声で銀迩は応える。

「急に倒れられでもしたら面倒みきれないわ。どうせ今夜は場所を探るだけだし・・・」

そこまでいって、横に立つアルクェイドと目が合った。
そう、先ずはディの居場所を探る場所を決めようと思っていたのだ。
この二人を相手にすると、どうも調子を狂わされていけない。
私は思考を切り替え、アルクェイドに声をかける。

「それでアルクェイド、場所と時間はどうする?」
「え、どこでもいいけど高いところがいいかな、時間は深夜0時ってところね」

ろくに考える素振りも見せずにアルクェイドはいった。
時間は予想通り、場所もまあ意外な条件ではない。
高いところ、か。


・・・・・


午後11時50分、古びたエレベータ内部。

「姫流、ここ壊れそうだよ?」

20分ほど前に屋敷を出て私が案内したのは古びた高層ビル。
築数十年のそのビルの名はシュライン。
神殿の名を冠するも廃ビルとなって十年弱、管理のために電気が通ってはいるが輝ける昔の面影は今はもうない。
辛うじて窓ガラスは張られているもののその透明度はゼロに等しく、その管理体制の杜撰さは火を見るより明らかだった。

「いいのよ、だからこんな時間に入れるし、誰もこないんだから」

私は薄汚れたエレベータのボタンを押しながら応える。
階数表示のランプは切れ、行き先ボタンは半分も残っていない。

「ふーん、まあ高い建物だから構わないけど―――あ、とれた」

外れた手すりを手に困ったような顔をするアルクェイド。
チラリとそれに視線を向けて私は訊く。

「それでどう?ディの居場所―――分かると思う?」
「わかんないわよ。正直、五分五分ってところね」

そういってアルクェイドは壊れた手すりを床に放り投げた。
低い機械の音と共にエレベータ内の蛍光灯がチラつく。

「ディとか現存する他の真祖ってね、ホントに隠れるのが巧いのよ。今回は陸続きって条件があるから多少は可能性もあるけど、そうじゃなかったら絶対見つけられないもの」

ま、やってみたらわかるわよ、とアルクェイドは能天気な笑顔を見せる。

「・・・そうね」

能天気ではあるが言っていることは的を射ている。
駄目だった時のことは駄目だった時に考えればいい。
壁に背中を預けて、私は話題を切り替えることにした。

「ねえ、アルクェイド」
「なに?」
「この間、聞きそびれたことなんだけど。ディが魔法を目指す理由って何なの?」

数日前の夜から今まで、ずっと聞きそびれていた話である。
真祖であるディが数百年の永きに渡り求めた魔法。
根源より根源を目指す、ともすれば滑稽ですらあるその意思のカタチ。

「あなた、何かいいかけてなかった?」
「あぁ、うん。そういえば、まだ話してなかったわね。あんなに時間があったんだから訊けばよかったのに」

この三日間のことだろう、呆れたような表情でアルクェイドはいった。
私はそれに反論せず、黙ってアルクェイドの説明を待つ。
ワイヤが錆びているのか埃でも詰まっているのか、エレベータの動きは止まるのではないかというほどに遅い。

「まあ、いいわ。ディが魔法を目指す理由よね、あくまでこれはわたしの推測なんだけど」

そう前置きしてアルクェイドは話を始めた。

「ディは魔法を取り込むことによって、霊長の抑止力を得ようとした。世界の抑止力の具現である真祖がそれを得るということは、つまり根源に並ぶ―――いえ、根源すら凌駕しようとしたんだと思う」

目を細め、アルクェイドは続ける。

「全ての大元である一から生まれた二つの抑止力、対極に位置し平行する二つの螺旋。本来なら単一固体が同位に在るなんて矛盾は許されないんだけど、ディはその矛盾を肯定する方法に気がついた。そして、その手法を研究していたのが他ならぬ魔術師なのよ」
「・・・どういうこと?」
「いい?『魔女』が抑止力の具現だってこと。そして、魔術師っていうのがそれを追う者だってことはいったよね?」
「ええ」
「幾千幾百年もの間、魔法に至る手法を模索しつづけ、その血を重ねる魔術師たち。そして彼らの中には事実、辿り着いた者もいる」

少ないけどね、とアルクェイドは付け加えた。
なるほど、そういうことか。
魔女が抑止力の具現であるのなら、魔女の魔法はそこへ至る道となる。
そして、その道を辿る手法があるのであれば、たとえ真祖であれそこへ至ることも不可能ではない。

「そうか。だから魔術師の血を・・・」
「気づいたみたいね、そういうこと。加えて吸血鬼であるディにとって血を重ねるという魔術師の在り方は実に都合がよかった。だってそうでしょう?一から魔術を学ぶ必要なんてない、血を吸う行為がそのまま魔術の蒐集になるんだから」

屋上に止まったエレベータの扉が、錆びついた音と共に開いた。
着いたみたいね、といってエレベータから降りるアルクェイドに私も続く。

「そうして抑止力を重ねることによって、ディは根源を超えようとしたんだと思うけど・・・」

背後で扉の閉まる音。
一階に戻るのかエレベータが動き始める。
屋上は広く、見回す周囲は一面の闇。
照明のないそこには街灯の光さえ届かない。

「けど?」

新円を描く月を背にクスリ、とアルクェイドは笑う。

「たぶん無理ね、成れて根源と同位が限界よ。二つの抑止力といっても結局元は一なんだから、半分と半分を併せたところで得られるのは最初の一しかないじゃない」

だから根源を超えるなんて無理だ、とアルクェイドはいう。
例えば真祖であるアルクェイドは世界と同調する。
この世界ある限り無尽蔵に引き出すチカラ、真祖が最強たる所以である。
しかし、完全に根源の同位にあるということは世界そのものということであり、そこには明らかな境界がある。
アルクェイドは軽くいったが、それは世界を白紙に戻すことも可能なチカラだ。
そんな存在があるのなら、今この瞬間に世界が消滅してもおかしくない。

そんなことを考えながら私が視線を向けると、
フワリと宙を舞うアルクェイドが屋上の縁に降り立った。

「・・・さてと、それじゃ姫流。やってみるけど、いい?」

静かに空を仰ぎ、月の光をその身に受けると、
集中するように目を閉じてアルクェイドはいった。

「ええ、お願い」

そう、私が応えた直後。
アルクェイドを渦巻くように空気が流れ、金の髪を舞い上げる。
微かに吹く風が凪ぎ、周囲から音が消えた。
ピン、と空気が張り詰める。
外界から隔絶されたこの空間、アルクェイドの纏う雰囲気は先日の空想具現化に近い。
その幻想的な光景に瞳を奪われること数秒。

「・・・頼むわよ」

自然、そんな言葉が口をついた。
見上げる空には満ちた月、アルクェイドに任せきりというのも所在ないが今回は仕方がない。
私は黙ってアルクェイドの動きを待つことにする。
おそらくは今この瞬間にも加速度的な勢いでディを探しているのだ。
確かに私も似たようなことは出来るが規模が違い過ぎる。
索敵範囲はほぼ日本全土の超々広範囲、いかな真祖といえ簡単な作業ではないだろう。

沈黙が周囲を支配して十数分。
ポケットに入れておいた携帯が振動した。
取り出して見ると相手は遠野家、つまり琥珀さんである。
なんだろうか。
アルクェイドの邪魔をしないようにその場を離れ、私は電話に出る。

「―――あ、姫流ちゃんですか!?」

通話と同時に、慌てたようすの琥珀さんの声が流れる。

「ええ、なに?」
「申し訳ございません!伏見さんがいなくなりました」

銀迩がいなくなった?
私たちが出ている間、銀迩がついて来ないように琥珀さんに見張りを頼んでおいたのだ。

「どういうこと?」
「はい、十分ほど前の巡回で覗いた時にはお休みになられていたのですが、巡回を終えて部屋にある監視カメラで見た時には既に・・・」

やっぱり監視カメラはあったのか・・・
ため息を吐く。

「いいわよ、もう。どうせ場所は分からないんだから」

十分前は既にこのビルの中にいたのだ。
そんな時間に部屋を抜け出したところで、尾行のしようもない。
ごくろうさま、といって電話を切った直後。
ふと、辺りを照らす月明かりが、消えた。

―――ゾクリ

唐突に現れたその気配に私とアルクェイドは同時に空を見上げる。
満月の代わり、そこにあるのはポッカリと大きな穴の開いた空。

「な―――」
「―――!?」

ドクン、と一つ大きく脈打つ。
唯一の光源である月光を遮られ、夜の闇が辺りを覆う。
そして、それを遥かに凌駕する闇色の穴。
その尋常でない気配に私は息を呑む。

『―――今 宵 は 良 い 月 だ 、 白 き 姫 よ』

ビリビリと脳髄に響くその声。
本能が警鐘を鳴らす。
穴のように見えたのは深く昏い闇。
その闇が収束を始めた。深く深く、昏く昏く。
満月をさながら新月の如く覆い隠し闇が降りてくる。
シンと静まるビルの屋上、私は声を出すことも忘れその闇に魅入る。

「・・・姫流、よかったわね。向こうから来てくれたみたい」

アルクェイドが言った。
軽い口調とは裏腹に、発するのは鋭い敵意。
直径2メートル程になった球状の闇が音もなく屋上に降りる。

「・・・ディ・ダークネス」

私の呟きに呼応するように、闇が揺らぎ霧散する。
十メートル程離れたその場所に佇む一つの人影。
漆黒の闇を纏い、夜よりもなお昏く、件の真祖がそこにいた。



巡る月・後/了
2003/04/28 21:28脱稿


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