螺旋に回るそれぞれの思惑。
それは交わることなく、
されど近接する想い―――
月、満ちるまであと2日・・・
19/巡る月・前
午前6時、今更眠るのも馬鹿馬鹿しいと思った私は、琥珀さんに声をかけて屋敷を出た。
目的は特になく、ただの気分転換である。
このところゴタゴタとしていたので控えていたけれど、
私は元々こういう散歩は嫌いではなく、割合的に週1度くらいはこうして朝や夜の散歩をしていた。
普段は大抵、一人歩きながら考えごとをする場合が多く、もちろん今日もそのつもり。
あてもなく歩くその行為は無駄にも思えたが、今の私があるのもそんな無駄のおかげと言えなくもない。
清々しい風が吹く。
歩く道、冷たい朝の空気は寝不足の頭に心地よく、私は気分良く早朝の散歩をしていた。
「ねー、姫流。こんな朝早くからどこ行くのよ?」
道沿いの木の上から囀る鳥の声が聞こえる。
私はそちらを一瞥し、少し歩みを速めた。
後ろから小走りについて来る足音が聞こえる気がするが、それは気のせい。
「・・・ねー、姫流ってば。」
視線を戻して、通りの少ない住宅街の道を当てもなく縫うように進む。
ふと、視界に入った小さな公園に足を向ける。
時間が時間、あたりまえだがまだ誰もいない。
ありきたりなブランコと滑り台を横目に、大きな木の下を通り公園を出た。
「ねぇっ、姫流ってばっ!」
歩く道、冷たい朝の空気は寝不足の頭に心地よく、私は気分良く早朝の散歩をしている。
はずだった―――
「―――うるさいわねっ、何なのよ貴女は!?」
―――しまった。
私は唇を噛んで、自分の失態を悔やむ。
つい、アルクェイドの大声に怒鳴り返してしまった。
「む、姫流が無視するからじゃない。」
眉を寄せ、不満そうにアルクェイドはいう。
何というか、不満なのはこっちだ。
大きく息を吸って、吐く。
「放っておいて、・・・少し一人にして。」
ここで相手をするのは得策ではない。
そのままアルクェイドのペースにはまり、一日中ついてこられることも考えられる。
・・・というか、今日までの3日間が全てそうだったのだ。
私はそれを繰り返さないためにも一言告げて、身を翻す。
歩調はあくまでさり気なく、されど全霊を以ってアルクェイドを放置する。
私の反応が今までと違ったことに戸惑っているのか、アルクェイドは呆、とした表情で佇んでいる。
ここで万が一走ったりすると、犬よろしくに追いかけて来かねないと思う。
そうして交差点を曲がる頃、
「―――あ、姫流、待って!」
ハッとした声でいうアルクェイド。
私はため息と共に私は覚悟を決めた。
・・・つまり、失敗である。
・・・
「・・・ごちそうさま、美味かったです。」
時刻はじき正午になる。
あれからもう一眠りした俺は遅い朝食を摂り終え、箸を置いてそういった。
「お粗末さまでした。そういってもらえると作ったかいがありますねー」
食後のお茶を注ぎながら眼前の女性―――琥珀さんはそう応える。
この三日の間、自分は彼女に看病されていたらしい。
昨晩、姫流ちゃんに聞いた話である。
そして、同時に彼女の年齢が70を超えるということも聞いた。
「・・・? どうしたんですか?」
ジー、と見つめる俺の視線に気付いた琥珀さんは、にこにことした笑顔を浮かべて首を傾げる。
「・・・若いなと、」
どうみても30代、見ようによっては20代後半でも通ると思う。
それに、着慣れた風なその割烹着も見事に似合っていた。
にこにこと笑む彼女は控えめに見ても美人だと思うし、
少し話しただけでも分かるその明るい性格は、どうみたってそんな年齢には見えないのだ。
吸血鬼じゃあるまいし・・・騙されたのだろうか?
「あは、嬉しいこと言ってくれますねー、でも、そんなこといっても何もでませんよ?」
そう言いながら、琥珀さんは静かにティーカップを置いた。
琥珀色に透き通った紅茶のいい香りが鼻に届く。
「いや・・・紅茶が出ましたよ。」
出されたカップを掲げて俺は微笑んでみせる。
「あ、そうですねー」
一本取られちゃいました、と琥珀さんは笑う。
そんなやり取りをしながらも手際よく食器を下げる手付きは、プロという言葉を連想させた。
細かな動作一つ一つが大きな旅館の女将さながらに熟練されている。
あるいは70というのも嘘ではないのかもしれないが、そうなると今度はあの若さが不可解だ。
琥珀さんが戻ってくるまでの間、俺はそんなことを考えていた。
「薬っていったって、限度があるよな・・・」
紅茶を味わいながら、そう一人ごちる。
「何かいいましたか?」
ちょうど台所から戻ってきた琥珀さんが、扉を開けるなり訊く。
手にはグラスに入った水と、何か薬の包みらしいものが乗ったトレイ。
トタトタとそれを持って来た彼女は、俺の横の席に腰を下ろした。
「いえ、何も・・・」
「そうですか、それじゃあちょっとお時間を頂いてもよろしいですか?」
カチャ、とテーブルにトレイを置いて琥珀さんは訊く。
視線を向けたトレイの上では、グラスの中の水が薄く波立っている。
改めて言われなくても予定などないのだから良いも悪いもない。
頷いた俺を確認して琥珀さんは話を始めた。
「いいですか? まず、伏見さんのその足ですけど靭帯が切れちゃってます。」
「・・・靭帯が?」
口元には笑みを浮かべつつも真剣な眼差しで琥珀さんは告げた。
俺は痛む自分の足に目をやる。
「はい、右前十字靭帯断裂・・・痛みはあると思いますが、歩けなくなるなんてことはありませんので安心してください。」
にこにこと琥珀さんは告げる。
「靭帯断裂って・・・手術、ですか?」
別に手術が怖いわけはないが、それでもあまりいい気はしない。
顰めた顔で俺は訊く。
「いえ、そこはこの『まじかるアンバー』・・・もとい、琥珀さんにお任せ下さい。一日朝昼夜とこの薬を服用することで100%元に戻ります。」
そこらのお医者さんと一緒にされちゃ嫌ですよー、と薬の包みを掲げる琥珀さんは満面の笑みを浮かべている。
「無茶に動いたりしなければ、添え木も松葉杖も要りません。一週間程で完治します。」
良かったですねー、と微笑む琥珀さんをみて俺は考える。
一週間、か・・・
姫流ちゃんとアルクェイドは明日の夜にディの居所を探ることになっている。
もし、ディの居場所が近ければ行動まで三日とかからないだろう。
となると、一週間では遅いのだ。
「・・・もう少し、早く治す方法はありませんか?」
つい、無駄と知りつつも口が動いた。
「もー何いってるんですか、普通は手術したって一ヶ月近くかかるものなんですよ?」
やはり、無理か。
案の定というのか、思った通りの答えが返ってくる。
右膝に手を置いて握り締める。
確かに普通に歩く分には痛みはないが、先の戦闘のような激しい動きになると激痛が走るのは間違いない。
このままでは―――
「・・・と、いうところなんですが、方法がないわけではありません。」
顔を上げて、琥珀さんに目を向ける。
俺は無言で先を促す。
「ただ、こっちの方法は安全じゃないんですよ。まだ、研究途中のお薬なので恐らく副作用が・・・」
副作用・・・
「構いません、お願いします。」
ディとことを構えるとなれば、是も非も言っていられない。
殆ど考えもせずに俺はそう告げた。
「え、ほんとにいいんですか?」
驚いた表情で琥珀さんは念を押し、それに俺は頷いた。
そして、思案気な顔で俺の眼を見て、琥珀さんは唸る。
「んー、・・・わかりました。それじゃあ、新しい薬を持ってきますので、ちょっと待っていてください。」
キラキラと夢見る少女のような瞳で琥珀さんは立ち上がった。
被験者ゲットです!などと小声で呟いているのだから、不安極まりない。
「あ、ちょっと・・・」
「―――はい? なんですか?」
だから、つい引き止めてしまった。
「・・・一応参考までに、副作用って、どんなのですか?」
世の中知らない方がいいこともあるわけで―――
「うーん、臨床実験もまだですし、ちょっとわからないですねー」
まあ、たぶん死ぬことはないと思いますよ?
なんて割烹着の悪魔は、しれっと怖いことを付け加えて部屋を出て行った。
世の中知らない方がいいこともあるわけで、
たぶん、この場合もそうだったのだろう。
・・・
最初に私がアルクェイドを見かけた公園。
そのベンチに退屈そうにアルクェイドは座っていた。
手には既に空だろうファーストフードの紙コップを持って、口にはブラブラとそのストローを咥えている。
うー、あー、と呟くその声と同様にだれているのか、私が近づくのにも気付いていない。
こんなのでホントにディを見つけられるのだろうかと心配になる。
「・・・おまたせ」
「―――あ、遅い姫流! いつまで待たせるつもりよ!?」
私が声をかけると、アルクェイドはそんな不満を訴える。
アルクェイドは勢いのまま、手に持った紙コップを握り潰し、
「―――冷たっ!」
溶けた氷がポタポタと、そのスカートへ染みをつくった。
私は肩を竦めて、アルクェイドの横に腰を下ろす。
「うー冷たい、濡れたー」
スカートの裾を持ってアルクェイドは唸っている。
私はそれを一瞥し、口を開く。
「・・・自業自得。それに勝手について来て待ってて、遅いも何も無いわよ。先に帰ればよかったじゃない。」
「む、冷たい、姫流。先に帰ったってつまんないじゃない。」
スカートに息を吹きかけながら、横目にアルクェイドはこっちを見た。
私は手に持っていた包みを膝の上に置く。
アルクェイドがこのベンチで待っている間に受け取ってきたものだ。
「おあいにくさま、私は元々冷たいの。それに、屋敷には琥珀さんも銀迩もいるじゃない。どこがつまらないのよ?」
「・・・姫流、それ、何?」
私の問いには答えず、好奇心のままに瞳を輝かせてアルクェイドは訊いてきた。
「ん、見る?」
こくこくと子供のように頷くアルクェイドに苦笑を浮かべつつ、私は包みを解く。
隠すほどの物でなければ隠さない。
見たいというのならそれも構わないのだ。
白い布の包みを丁寧に開く。
覗き込むアルクェイドの影が膝に重なる。
必要以上に包まれている、その最後の一枚を捲った。
「・・・・・・。」
包みの中から出てきたのは、七本の錐。
見た目は普通のそれとさほど変わりは無い。
但し、その性質は、
「・・・ちょ、姫流。これ―――」
驚いた表情でアルクェイドは私を見る。
まあ、当然の反応かもしれない。
「ええ、やっぱり分かった?」
「そんなの当たり前よ、だってコレ―――」
ニヤリと、笑みを浮かべてアルクェイドの言葉を継ぐ。
「―――第七聖典、錐バージョン・・・まぁ、時間の関係で七本しか造れなかったみたいだけど、今回の切り札よ。」
驚き半分、呆れ半分といった顔でアルクェイドは錐を眺めている。
そうしてたっぷり一分も経った頃、
「・・・なんで、姫流がこんなのもってるの?」
と、心底不思議そうに訊いてきた。
教会にあるはずなのに、などとぶつぶつと呟いている。
「初めてあなたと会った日の朝に、七夜の屋敷から持ってきたのよ。そして、この間の夜に銀迩を連れて帰った後、知り合いの鍛治師に加工を頼んでおいたの、」
「・・・七夜の屋敷?」
「実家よ、」
アルクェイドは首を傾げている。
何かまだ疑問があるのだろう。
まったく、面倒くさい。
「でも、なんで姫流の家にあるわけ? これって本来は教会―――埋葬機関が管理してるものよ?」
「ああ、私も詳しくは知らないんだけど、何十年か前に志貴おじいちゃんが誰かと戦ったとかで、その時に一緒に戦った人が持ってたみたい。それでその時に欠けたモノがずっと家にあったって話よ・・・」
私が記憶の引き出しを探りながら説明すると、アルクェイドは顔を顰めて、
「あのインド女・・・」
なんていっている。
よく分からないけど、何か心当たりでもあるのだろうか?
どっちにしても過去の話、さして興味もないので追求はしない。
気が付けば空には橙色のグラデーション。
今から戻ればちょうど夕食時だろう。
私はアルクェイドを促して、夕日の公園を後にした。
巡る月・前/了
2003/03/04 15:38脱稿