夜中、屋敷の中。
そんな談合。
つかの間の平和―――
17/夜明け、朝U
蒸したタオルを頭にあてながら薄暗い廊下を進む。
遠野の屋敷の夜は早い。
門限は八時、十時には屋敷内の移動も控える、というのが志貴おじいちゃんが高校生の頃からの規則であるらしい。
何十年も変わらぬ規則というのもどうかと思うが規則など破る為にあるもので、所詮は建前に過ぎない・・・と思う。
実際、志貴おじいちゃんも夜中に出歩くことが多かったと聞いた。
階段を降りて客間へと向かいながら後ろを振り返ると、アルクェイドが琥珀さんに何か耳打ちしているところだった。
琥珀さんはフムフムと頷いている。
一瞬、何だろうと考え、次の瞬間には気にしないことに決めた。
聞かれたくないことだから耳打ちしているのだ、なら訊いたところで意味はない。
「・・・はい、わかりました。」
「それじゃあ、わたし達は先に行ってるから、よろしくねー」
私が前を向いたと同時、そんなやりとりが聞こえて、
「姫流ちゃん、わたしお飲み物を煎れて来ますので、先に行っていてください。」
そういって、琥珀さんは返事も聞かずパタパタとキッチンの方へ去っていった。
横に並んだアルクェイドを一瞥すると、にへらとした笑顔を向けてくる。
どうせ何か悪巧みでもしているのだろう、その顔をジッと見つめて、
「―――いたっ」
私はアルクェイドの頭を小突いた。
後ろでは立ち止まったアルクェイドが首を傾げて、何するのよー、などといっている。
「いいから、行くわよ」
一言そういって、私は先へ進む。
「むー、」
唸り声と共に小走りでアルクェイドが追ってきて―――追い越していった。
そして数メートル先、アルクェイドが止まった場所には、窓から差し込む月明りに照らされた客間の扉。
「ほら、姫流、早く早く」
勝ち誇った表情でいうアルクェイドは、どうやら私に先に入れといっているらしく、一歩退いた場所で手招きをしていた。
どうにも表情と言動が一致していないように思え、私は苦笑いと共に肩を竦めてそれに応じる。
扉の前につくと蒸しタオルを頭から下ろし寝癖が治っていることを確認して、ドアノブに手をかけた。
扉を開く。
殆ど音も立てず開いた扉の向こう、部屋の中には普段は使用していない家具が一通り揃っている。
そして、セミダブルの大きめなベッドに腰掛けた人影。
琥珀さんに着替えさせられたモノトーンのパジャマに、スタンドライトの明かりが照らす銀の髪。
状況を把握していないのか、呆とした表情で部屋の中を眺めている。
黙ったまま部屋に入ると、目が合った。
「―――姫流、ちゃん?」
伏見銀迩が驚いた表情で、そう呟いた。
いつも飄々としているこの男のその表情は珍しい。
アルクェイドが部屋の扉を閉めた音が後ろから聞こえる。
「おはよう」
私は銀迩を一瞥し、ベッド手前2メートルといったところで立ち止まり声をかける。
銀迩の顔を見ると、いろいろと言いたかったことを思い出した。
同時、若干の苛立たしさが沸いて、私は少し皮肉を込めて続ける。
「・・・随分寝てたみたいだけど、今日が何曜日かわかるかしら?」
銀迩はやはり今の状況が掴めていないのだろう。
私の皮肉も分からないのか、不思議そうな表情を浮かべるばかりでロクな対応ができていない。
「月曜日―――あ、12時過ぎてるからもう火曜日ね。それがどうかした、姫流?」
後ろからあっけらかんとした声でアルクェイドが告げる。
息を吐き振り返り、私がジロリと睨むとアルクェイドは、ん?と首を傾げて
「・・・火曜日だけど?」
と繰り返す。
私は手に持ったままだったタオルをその顔めがけて投げつけた。
「きゃ―――もう、なにするのよ姫流!危ないじゃ、な・・・い・・・」
「少し、黙っていて。」
眼前ギリギリでタオルをキャッチしたアルクェイドが勢い込んで反論するも束の間、
私の表情をみて語尾が畏縮し、うぅ、と後ずさった。
「あ、姫流ちゃん、そちらのキレイなおねーさんは誰? 紹介して―――くれ、ないよね、はは・・・」
アルクェイドに気づいた銀迩は嬉々とした表情で私に紹介を求め、笑ってごまかした。
ここがどこかも分かっていないはずなのに、いい度胸である。
あるいは筋金入りとはこういうことをいうのだろうか。
ため息を吐く。
「まあいいわ。で、何をしていたの、あなた?」
「え、何って?」
思考を切り換え、銀迩に質問をぶつける。
わからない、といった風に銀迩はとぼけた。
私は質問を変える。
「何故、あんなところで倒れていたの?」
「あ、っちゃー見られたのか。うん、ちょっとお姉さんとデートしててね、押し倒したら張り手もらったんだよ。痛かったのなんのって、気を失うくらい・・・あ、てことは姫流ちゃんが介抱してくれ―――」
「―――銀迩、」
それを遮り、私はいう。
呆けた頭で大した機転だとは思うが茶番に付き合うつもりはない。
「この間の依頼、ディの始末―――真祖狩り、引き受けるわ。」
銀迩の眼が細まった。
そうか、とだけ呟いた銀迩はどこか思案げな表情を見せる。
そして、数秒間の沈黙。
その間、私は真っ直ぐに銀迩を見据え続け、反応を待った。
視界の隅で両手を後ろに組んだアルクェイドが足をブラブラと、退屈さをアピールしている。
「・・・なら、ちゃんといっておかないといけないか。」
銀迩が口を開く。
「奴の―――ディの眷属と戦ってたんだ。まぁ、取り逃がしちゃったんだけどね、それで逃げられたあと、精根尽き果てて気を失ったってわけ。3日間だっけ? ちょっと無茶し過ぎたみたいだ。」
「最高位の人形遣い、えーと、レッドだったかしら?」
「え、なんで知っ―――」
「違うわよ、姫流。オレンジだってば、」
驚く銀迩の横から、アルクェイドが痺れを切らしたように口を挟んだ。
「アルクェイド、あなたね・・・」
「むー、いいじゃない別に、姫流ばっかり話しててずるわよ。」
ぶーぶー、と文句をいいつつアルクェイドが、横に並ぶ。
会話に参加するつもりなのだろう。
銀迩も驚きよりも、アルクェイドを優先したようで、すかさず話かけていた。
この辺の機微に関して、銀迩を超える人を私は知らない。
「へぇ、アルクェイドっていうんだ。いい名前―――アル、クェイ・・・ド?」
「そうだけど、どしたの?」
首をかしげるアルクェイド。
銀迩は完全に硬直していた。
どうしたのだろうか、声をかける。
「・・・銀迩?」
「―――、ッ」
私の声を合図に、銀迩は後ろに飛ぼうとしたのか、声にならない声を上げ、足を抑えてうずくまった。
「はぁ、あなた足怪我してるのよ。バカじゃないの?」
あー、これは靭帯が切れちゃってますねー、と琥珀さんが診察時にいっていたのを思い出す。
「ア、ルクェイド、って真祖がどうしてこんなところに・・・」
警戒した眼でアルクェイドを睨みながら、銀迩はいう。
そういうことか、いわれてみれば不可解な状況かもしれない。
忘れていたがアルクェイドは真祖なのだ。
「えへへー、私って有名人?」
当のアルクェイドはそんな外れたことをいっている。
まったく、頭が痛い。
―――コンコン
どう説明したものかと頭を悩ませていると、ノックの音が聞こえドアが開いた。
「お飲み物をお持ちしましたー」
そういって琥珀さんが持ってきたのは、ティーカップ2つとコップに入ったミルク。
口調に似つかず静々とそれを渡していく。
銀迩とアルクェイドにティーカップが渡された。
そして、
「はい、姫流ちゃん。」
どうぞ、と差し出されたコップにはミルクが入っている。
「―――待って、」
「はい?」
琥珀さんは首を傾げて私をみた。
「どうして、私だけミルクなのよ?」
当然の疑問をぶつける。
「あはー、それはですね。姫流ちゃんにカルシウムを、とアルクェイドさんが―――」
そういうことか。
先の耳打ち、あれだ。
アルクェイドはあくまで私が怒りやすいというのだろう。
こそこそと部屋を出ようと移動する白い服がみえた。
息を吸い込む。
なら―――
「こ、のばか女っーー!」
夜明け、朝U/了
2003/01/25 23:02脱稿