錐の軌跡と煌く刃、
朱鷺の光が月夜を灯す。
14/月夜V
復元を終えている触手は十数本。
今のところ、ビルの方から増援が来る気配はないが、それもいつまでのことか分らない。
アルクェイドは目を閉じたままで、何をするのか知らないがまだ少しかかるのだろう。
それはいい、放っておこう。
とりあえず、私のすべきことは一つ。
眼前に在る魔、それの殲滅だけなのだから―――
長く、息を吐く。
警戒するのは、触手に捕まれること。
出来るなら接触も避けたほうがいいだろう。
アルクェイドの血に濡れた腕を思い出す。
接触はあれの二の舞になる可能性が高い。
あの茨のような触手は、生身の人間にとって触れるだけで痛手である。
ひとつ、息を吸って、止める。
―――行け。
脚が地を蹴り、土煙が上がる。
踏み込むと同時、左手で錐を投擲。
狙いは左手前の2本の触手。
その着弾を確認せず、袖口から紐分銅を出す。
先端に刃のついたそれは、錐と並ぶもう一つの私の武器。
その刃は、振るう腕に逆らわず流れるように、空を切る。
ザクン、と触手の一つが分断され、
ザン、と触手の一つが縦に斬れる。
刃を引き戻しつつ、私は間合いを詰めた。
同時、ぞくり、と背後に迫る触手の気配を感じ、
私は地を這うように移動しそれをかわす。
すかさず、引き寄せた刃を弧を描くように振るって、迫る触手を薙ぎ払うと、
私は振り向かず、そのままの勢いで背後へ円を描く。
チッ、という軽い音。
―――浅いか、
円を描く刃を左手で捉え、振り向きざまに前に放つ。
その刃が触手を断つと同時、足元を払うような動きで触手が迫った。
私はそれを飛んで、やり過ごし―――それが、まずかった。
地を払う触手は、私の真下でピタリと動きを止め。
そこから、垂直に振り上がる。
「―――しまっ」
声を上げると同時、判断する。
回避及び、反撃は不可能。
空中じゃ避けられないし、刃は手元を離れている。
錐も間に合わない。
なら―――
私は触手の攻撃を靴底で受け、掴まれる前に衝撃を受け流すように蹴った。
「―――っ!」
舞うというより、飛ばされるが近いだろうか。
無造作な触手の一撃は、受けた靴底を抉り取り、私を吹き飛ばした。
数メートル先、地面すれすれで、なんとか体勢を整えた私は両手両足を使って着地する。
着地時のショックもあるが、触手の一撃を直に受けた左足はビリビリと痺れている。
アルクェイドはこんな攻撃を素手で受けていたのか。
それもこの触手は今、私の眼の影響で力を落としているはずなのに、
ふと、何かが腕を伝う感触に目を向けると、いつの間にか攻撃が掠めたのだろう。
紅い血が、流れている。
「触手のくせに、」
素直に感心した。流石は封印指定の魔術師のとっておき。
使い魔とはいえ、いや、使い魔だからこそ。
魔であるモノが私の魔眼の影響下において、未だこれだけの力を発揮しているのだ。
瞠目に値する。
「―――やってくれるじゃない。」
そう呟いて、残りの触手の位置を確認。
都合よく、触手は狭い範囲に固まっていた。
私は、口元に薄い笑みを浮かべ―――
数十の錐を投擲すると同時に、その軌跡を追うように跳んだ。
錐に反応したのか、跳ぶ私に反応したのか、ピクリと動いた触手は一瞬にして絡まり合う。
その姿は太い縄のようで、あるいは動く有刺鉄線といったところか。
しなりを効かせて上から振り降ろされる触手がビュウ、と音を立て迫り来る。
眼前を飛ぶ半数の錐が突き刺さり、半数の錐が弾かれた。
―――なるほど、一本一本では敵わなかった錐の一撃、
互いに絡み合うことで鉄甲作用を超える耐久性を持たせた訳か。
触手が迫る。
「だけど―――」
呟いて、すれ違いざまに絃をくくる。
「―――残念ね、」
ドウ、と触手が地を叩く音。
しかし、その時既に触手は無数に分断されている。
私はついてもいない血液を落とすように、手元に弛む絃を振った。
その先端を煌く刃が円を描き空を切る。
「さて、あのばか女は―――」
ちっ、と心の中で舌を打つ。
気が付くと、周りに触手が増えていた。
遠巻きに、だけど隙間無く周囲を囲む触手。
その数は先と同数、いや、それ以上かもしれない。
ため息を吐いて―――
「姫流、伏せて!」
アルクェイドの声。
同時伏せた私は、周りを囲む触手が、その空間ごと消えるのを、見た。
私とアルクェイドを囲んで、ドーナツみたいな形に地面が抉れている。
「ふぅ、姫流大丈夫だった?」
アルクェイドが振り向いて聞く。
「・・・ええ。それよりアルクェイド、あなた何をやったのこれ?」
私は周りの見回して訊いた。
滑らかな境界面をした地面は、そこにあったモノごと消え去ったことを意味する。
「空想具現化で、小さなブラックホールを創ったのよ。」
―――空想具現化、
「そう、今のが―――始めてみたわ、」
話には聞いたことくらいあったが、見たのは始めてである。
真祖の空想具現化、自身のイメージと現実を置換する能力。
それにしても、圧倒的だ。
私があれだけ苦戦した相手を有無を言わさずただの一瞬で消し去る。
その絶対性にはぞっとしない。
「目覚めてから日も経ってないから、ちょっとキツかったかな。」
口調は軽いが、その瞳は鋭く、ビルを見据えている。
今のアルクェイドの攻撃で消し去ったのは私たちの周辺にあった触手だけ。
ビルには未だ、無数の触手が蠢いていた―――
月夜V/了
02/10/16 23:12脱稿