魔狩る朱鷺色 13/月夜U
束の間の回想と、夜の闇。
自身の意図に関わらず、
闇を舞うのは―――


13/月夜U


「ねえ、アルクェイド。さっきの『塗り替えた』っていうのは、なに?」

月明かりが差す夜を駆けながら私は訊いた。
身に絡みつく空気は生暖かく、辺りの雰囲気と相まってどこか不快感を募らせる。
いうなれば、それはさながら異界。
人の世にあり、人のものではない世界。
世界を覆う闇の帳は、全てを暗く染めていくようでさえあった。
時計はないが時刻は、じき八時になるだろう。
日が沈んでいるということもあって、アルクェイドは心なしか元気になっている気がする。

「ん? そうね、わたしがこの手の結界―――魔術的な防御壁を破ろうとした場合、空想具現化でその耐久度を超える質量をぶつけて叩き潰すのよ。」

アルクェイドは楽しそうに、ドカーンてね、なんていっている。
まあ、その内容はすごく物騒なんだけど、とりあえず今は気にしない。
並んで走るアルクェイドにそれで、と先を促す。

「うん、それは空想具現化で干渉できるのが自然だけだからなんだけど、このやり方じゃ催眠暗示系の結界は破れないわけ。」

負荷を与える対象がないからね、とアルクェイドは付け加えた。
つまり、空想具現化というものは物理的なモノに直結するということだろう。
その結界があくまで物理的に遮断するものなら、単純にそれを破ればいいということ。
逆に、どんな力もぶつけられないモノは、どうしようもないということか。
私が頷くとアルクェイドは続ける。

「それで、そういう結界を破るにはやっぱり同じように魔術が必要になるの。魔術を無効化する魔術、つまり魔術を魔術で塗り替えるのよ。」

餅は餅屋っていうじゃない、と的を射ているのか射ていないのか分からないことをいって、
わかった? とアルクェイドは私を見る。
叩き潰すのも塗り替えるのも大差ないじゃないかと思っていたけど、それで理解した。
そして、それが破られているということは、
なるほど、この先にいるのは魔術師ということになるだろう。

「でも―――」

と、アルクェイドは言葉を切った。

「おかしいのよね。」
「・・・おかしい?」
「うん、どうやったのかが分からないのよ、」
「どういうこと?」

んー、と唸ってアルクェイドは首を傾げる。

「こんな魔術は見たことがないっていうこと。いくら協会が秘密主義といったってそこにある魔術系統くらい知ってる。
人間に新しい魔術系統を作ることは不可能だと言われているのに、ここには私でさえ見たことがない魔術があるの。」

アルクェイドは赤い瞳を輝かせていった。

「ね、ちょっと、興味沸くじゃない?」

その気楽さに肩を竦めてみせ、私は視線を戻す。
この女のお気楽なのはどうしようもないことなのだろう。
まあ、今日一日付き合って分ったことである。
例え緊張の場だったとしても、興味の対象が現れれば直ぐに逸れるのだ。
路地裏での事がいい例になると思う。
あの時だって、戦ってる最中に―――

「アルクェイド、」

そこで、ふと、思ったのだ。

「ん、なに?」
「ようするに、魔術師のケンカってこと、なのよね?」

そう、あれが魔術師の喧嘩なら、顔を出す理由なんかないじゃないか、と

「うーん、そうなるのかな。」
「はぁ、」

やっぱり、そうなるわよね、直ぐに気付かなかった私が甘かった。
ため息をついて、件のビルの屋上を見上げ―――




―――屋上から、茨に似た無数の触手が、現れた。

「な―――」
「――――っ」

ビルまでおよそ五十メートルといったところで、私とアルクェイドは息を呑む。
唐突に現れたその触手は、屋上だけでなく窓を突き破り、ビルそのものを覆うように蠢く。

―――ドクン、と七夜の血が反応する。

現れたその気配に、ひとつ心臓が脈打つ。
現れたその気配は、間違いなく―――

「アルクェイド、」

あれは? と横を向くと、立ち止まったアルクェイドは凶った瞳で、呟いた。

「―――匣の魔物、」

ハコノマモノ?
アレの名前だろうか、アルクェイドは驚いたような、呆れたような顔をしている。

「てことはオレンジ? なんてこと、まさか封印指定の魔術師がこんなところにいるなんて、」

封印指定、私も詳しくはないが聞いたことがある。
それは、魔術師にとって最大の名誉であると同時に、最大の厄介ごとでもある。
後にも先にも現れない、と協会が判断した能力を持つ魔術師は、その奇跡を永遠に保存するために、サンプルとして協会自身に封印されるという。

「それにしても、あんなものを引っ張り出さなきゃならないような相手と戦ってるってこと?」
「―――アルクェイド、一人でいってないで私にも説明して欲しいんだけど。あなた、あれが何だか分るの?」

鋭く、射抜くような視線でビルを見上げ、アルクェイドは呟いた。
私はさっぱり事情が掴めないので、そう尋ねる。

「ええ、私の記憶に間違いがなければだけど、封印指定の人形遣いのとっておきの使い魔よ。」

応えたアルクェイドの表情には数秒前にあった好奇の色はない。
そこにあるのは純粋に観察する赤い瞳が二つ。
視線を戻す。
今の所、その触手がこっちに向かってくる様子はない。
どうするか。正直、あそこに行く意味はない。
魔術師の喧嘩だと、わかったから。
血の昂ぶりも充分に抑えられる。

「姫流、どうする? 正直、わたしはあまり関わりたくないかな。」
「・・・何故?」

さっきまで興味が湧く、なんていっていたアルクェイドの言葉とは思えず。
意に反してそんな言葉が口を吐いた。

「んー、アレさ、聞いた話だと結構タチが悪いみたいなのよね。どうしよっか?」

そういった直後、アルクェイド珍しくため息を吐いて、組んでいた腕を解いた。

「そう? それなら―――退き返す、って訳にもいかないみたいね。」

そう返した私も、肩を竦めてみせる。
そして、
触手の一つがピクリと動くと同時、私たちは跳んだ。

―――速い、

ついさっきまで私たちが居たその場所に、今は数十の触手が蠢く。
アルクェイドもしっかりと回避していて、追撃する触手をその腕で薙ぎ払っている。

「―――余所見をしている場合じゃないわね。」

外敵の排除ということか、
私は追って来る触手に錐を投擲しつつ、間合いを取る。
ブン、と死角からの触手が髪を掠め、数本千切れて飛んだ。

「――――――ちっ」

舌を打つ、次々と襲い来る触手。
この調子じゃ、キリがない。

「姫流っ、平気!?」

タン、タン、と地面を蹴ってアルクェイドが背後に来る。
トン、と背中を合わせて、周囲を囲みつつある触手に警戒。

「なんとか、ね。」
「気をつけて、捕まったら最後だと思った方がいいわ。」

みて、とアルクェイドは左腕を差し出した。
その腕はズタズタで真っ赤な血に塗れている。
アルクェイドは素手で払っていた、あの茨のような刺にやられたのだろう。

「やってくれるじゃない、匣の魔物。ここまでのモノとは思わなかったわ。わたしに傷をつけるなんて、ね」

凶った瞳で薄く笑いアルクェイドはいった。

―――ゾクリ、と寒気が走る。

背後のアルクェイドから、冷たい殺気が迸る。
その殺気に反応したのか、既に周囲を囲っている無数の触手が一斉に襲い来る。

「―――姫流、少しの間、援護して。」
「援護?」

いって、私が振り返ると同時にアルクェイドは目を閉じた。
なにか意識を集中しているようにみえる。

「―――っ、勝手なんだからっ!」

そう怒鳴って私は空に向かって思い切り跳んだ。
幸い触手が囲んでいたのは周囲だけで上は空いてる。
月と夜の視界が縦に流れる。

跳躍の最高点に着く直前、
身体をひねって周囲を確認しつつ、宙返りの要領で身体を回転させる。
天と地が逆になったところで、数十の錐を放射状に投擲。
数瞬の間を置かず、第二波を放つ。

百を超える錐の波状攻撃。
対複数における私のとっておき。
その錐の一本一本は鉄甲作用によって繰り出され、触れるモノを薙ぎ払う。
無数の錐が土煙を上げ接地し、触手を吹き飛ばす。

空中で体勢を整えながら周囲を確認。
地面に打ち付けられた触手が、その錐を抜こうと蠢く中、
攻撃を免れた数本がアルクェイドに迫っていた。
ちっ、と舌を打って、無理な姿勢からの第三波。
その着弾と同時に私も着地。
地に磔られた触手を見下ろし、

―――ため息を吐く。

磔られ、分断し、破損したその無数の触手は、
直ぐにウゾウゾと錐を抜け出し、始めていた。
そして、それはすぐに私たちを取り囲んでいく。

まあ、復元するだろうとは思っていたけど。
これじゃ、まったく限がない。
仕方ない―――

ひとつ息を吸い、脳のチャンネルを切り替えるように、私は意識を切り替えた。

―――スッ、と

微かに霞かかったような、だけど、どこまでもクリアな視界。
私の眼は、周囲を囲む触手から滲み出る、闇色の歪みを捉えた。
同時、触手の再生が止まった。

もし、その触手に眼があったなら、眼前の少女をみて何を思っただろうか。
月明かりに照らされた少女の、その碧い瞳が今、

闇い夜に浮かぶように、朱鷺色に輝いていた―――



月夜U/了
02/09/16 19:12脱稿


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