魔狩る朱鷺色 09/魔月夜U
―――或る月夜
廃ビルの屋上には、
二つの影が浮かんでいた。
黒を纏う男と、
オレンジを飾る吸血鬼。

同じ方向[みち]を指す二つの線は、
―――魔女と魔術師、そう呼ばれていた。


9/魔月夜U[マガツヤ]


合図は一際強い風。
対峙する女の瞳は、橙に輝いて見えた―――

「―――いけ」

とたん、黒いネコは走り出す。
屋上を滑るように、放たれた矢のように眼前に迫る。
といってもネコの足は動いていない。
いや、何処に足があるのか、座り込んだシルエットのまま、
三軸へ及ぶ影のアウトラインがボウと歪む。
屋上の端から端、距離にして30メートル強。
それを、おそらくは二秒はかけずに。

「―――邪魔だよ」

眼前に迫る黒いネコのスピード、それは確かに瞠目に値するものだ。
しかし、魔女である自分にとって二秒は遅い。
つまるところ魔女を相手にする場合、その認識速度と反応速度を超える攻撃を繰り出さねばならぬのだ。

―――いうなれば真祖の空想具現化。

自身のイメージを具現化するその能力。
それは明確なカタチでの空想を必要とし、あくまで自然のみの変貌という制限を受ける。
それは真祖というものが自然の延長的な個体であるが故、
自然、世界の触角である精霊だからこその制限。

しかし、

それと酷似する魔女の魔法は自然外のモノへの影響をも可能とする。
世界がヒトを自然と認めないのなら、あくまでヒトである魔女にその制限は及ばない。
その境界条件は極めて曖昧で、だけど明確に二分する壁。

―――いうなれば、それは固有結界に擬似する。

死徒、そして魔術による固有結界は、唯一無二の心象世界をカタチにし現実に侵食させるモノであり、そのカタチに意思は加えられない。
対して、魔女の魔法は自身の意思を元に構築される。
その意思を具現する魔女の魔法は、意思であるが故にイメージは伴わず、
例えそれが自然外のモノであろうとも干渉する。
そこに世界からの修正は働かない。
自然から派生したヒトである魔女、生来抱えた純粋なチカラであるが故に・・・

―――意思の具現化、それが魔女の奇跡[マホウ]

いって俺は魔法を発現する。
その魔法は、ネコそのものに干渉する絶対のチカラ。
おそらくは壁を創ったところで無意味、影絵の魔物とはそういうことだ。
間接干渉に意味がないなら、直接干渉する。
使い魔といえ、このネコは造られたモノである。
精霊の類いへの直接干渉は不可能でも、造られたモノならば可能だ。

―――だから

眼前に迫る黒ネコは、
その口を開けた瞬間に空に、堕ちた。

―――ゾクリ

刹那、俺は寒気を感じて前に跳ぶ。
視線の先に居た女の姿が消えていたのだ。
身体の限界を超えての動きに足が悲鳴を上げる。
俺は心の中で舌打ちをして、無理な体勢のままで背後を振り返った。

「――――――っ」

事実、ネコをけしかけたのと同時、女は移動を開始していた。
黒いネコとその死角を爆ぜる女の動き。
常人には見切ることなど到底出来ない鋭さで女は背後に迫っていた。

―――ゴウ

とその腕が轟音を伴って薙ぎ払われる。
だが、それは本来魔術師にはありえない攻撃手段。
魔術師である前に吸血鬼、その事実がこの攻撃を可能としていた。

「―――くっ」

結果、俺の取った回避行動は正解だったといえる。
あの場から離れなければ直撃を受けていただろう。
魔女といっても身体の作りは常人のそれ、あの攻撃を受けて無事ですむ道理はない。
足は傷むが代償としては安いものだ。
掠めただけで首が飛んでいてもおかしくない。

「―――ほう、今のを避けるか。魔女の身体能力は人間のそれと変わらないはずだがね。」

驚いたな、といった女はニヤリと口元を上げる。

「・・・身体改造でも施したか?」
「まさか、吸血鬼と一緒にしないでくれ。今だって右足が痛くてしかたがないんだから。」

足からの傷みに俺は顔をしかめる。
女は災難だったな、なんて言って続ける。

「まあ、災難というなら私も同じだがね。先の使い魔は随分古くから使っているお気に入りなんだ。それをああも見事に堕とされてはな、なまじ殺されるより性質が悪い。消されるくらいは覚悟していたが・・・正直、予想外だ。」

ため息を吐いて女は空を見上げる。
そこには蒼い月と無数に煌く星の灯り。

「予想外というのならこっちも同じさ、仮にも魔術師が肉弾戦とはね。おかげでこの始末だ、知ってるかい? 吸血鬼と違って自身の治癒には時間が掛かるんだ。まあ、だけど、同じ攻撃はもう通用しない。」
「ほう―――」

刹那、女が迫る。
それは、ヒトと吸血鬼の絶対的な違い。
純粋に、
真っ直ぐに、
見惚れる程のスピードで、
ただ、その腕を以って敵を排除する為だけの動き。
おそらくは先の黒ネコをも凌ぐであろう速度。
事実、この伏見銀迩の瞳は瞬く残像ににしか写らない。

―――だが、

その距離が残り二メートルといったところで女の動きが止まった。

「――――――っ」
「いったろ、通用しないって。今の攻撃はあくまで肉弾、使うのはキミの身体だ。なら壁を創っておけばいい。なんだってそうだけど、当らなきゃ意味がないからね。」

血液が沸騰する感覚。
結界の破壊と罠の排除、その為に呼んだ魔法を含めこの短時間に6度。
使い過ぎか・・・
片手を額にあてる。
魔女の魔法、その唯一の弊害。

「・・・なるほど、荒耶のそれと似たモノか、動けやしない。まったく、嫌なことを思い出させる。」

言葉とは裏腹に、何処か懐かしげな表情を浮かべ女は言う。

「そろそろチェックメイトかな?」

いって、俺は一歩踏み出す。
女は腕を突き出した状態で止まったまま、
それは、さながら金縛りにでもあったかのように微動だにせず。
絶望的だと思われるこの状況にして、
だけど、女の表情にはまだ余裕が見られた。

「―――随分余裕そうだね、」

橙に灯るその瞳。
踏み出した足を止め俺は訊く。

「魔女[オマエタチ]が滅び千年、魔術師[ワレワレ]も無駄に時を重ねたわけではない。積まれた書の中には魔女[オマエタチ]を超えるものも在ると教えてやろう。
―――切り札はね、最後にみせるものなのよ、伏見くん。」

そう、優しい声で青崎橙子はいった―――




魔月夜U/了
02/07/08 23:39脱稿


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