魔狩る朱鷺色 08/魔月夜T
死、それはあらゆるものに等しく、
そして、与えられし運命。
もし、それがないとするなら、
それは―――


8/魔月夜T[マガツヤ]


「―――はい、誰? 今ちょっと忙しいんだけ―――」
『私よ、姫流。』
「あ、姫流ちゃん? どうしたのデートの―――」
『違うわよっ!』
「・・・残念、ならどう―――」
『いいから銀迩、ちょっと出てきなさい。あなたに訊きたいことと言いたいことがあるのよ。』
「え、今はちょっと―――」
『しのごのいわないで、いいから出てきなさいっ!』
「な、何を怒ってるのさ?」
『来れば分かるわよっ、いい? 駅向こうの公園にいるからさっさと―――あなたは少し黙ってて―――』
「―――誰かいるの?」
『ええ、それも来たら分かるわよ。』
「なるほど、わかった必ず行く。せっかく姫流ちゃんがデートに誘ってくれたんだしね。でも、あと一時間待っててくれないかな?」
『違うっていってるでしょっ!・・・って、一時間?』
「うん、待っててね。」
『ちょ、待ち―――』

そういって携帯を切った。
姫流はまだ何かを言っていたようだけど、
一時間で行く為には、当座こっちの用事をすませなきゃならないからだ。

都心から離れた、住宅地とも工場地帯ともいえない半端な土地、
そこにあるのは作りかけのまま放棄された廃ビルで、
月明りの差すその屋上にいるのは二人。
そこに忍び込んだのは今から二十分ほど前で、
張り巡らされた結界とトラップを越えてここに出たのが数分前。
俺は対峙するその相手に向き直る。

「・・・またせたね、」
「いや、構わない。・・・彼女か?」

くっく、と笑みをもらす相手。
月明りに浮かぶその姿は、黒いタイトなパンツに新品みたいな白いワイシャツ。
短い髪と片手に下げたオレンジ色の鞄。

「そうだといいんだけどね、お聞きの通り一時間でいかなきゃならなくなった。」
「ほう、」

片耳には一つ、鞄と同色のピアス。
飾りのない服装の中、それが唯一の装飾品だった。
そして、咥えた煙草からは紫煙が漂っている。

「それはそれは。・・・で、どうする? 止めるか?」

言って、女は鞄を下に置いた。
かこん、という乾いた音。

「まさか、キミがそれを許すのかい?」
「それこそまさかだ、人のアトリエをここまで荒しておいて『はい、さよなら』はないだろう?」
「人・・・ヒトね、キミがヒトかい?」
「くっくっく、はははははは! そうだ、いやおまえの言うとおりだ。既に私はヒトではないな、くっくっく・・・」

煙草を片手に笑うその姿は、どこか狂気を孕んでいる。

「青崎橙子、いや―――」

流れる紫煙、
風が髪を揺らす。
そこで俺はその吸血鬼を睨んで、

「―――、吸血鬼」
「―――いかにもそのとおり、それにしても・・・私の名前を知っているとはね、既に数十年は経つぞ?」

驚いたな、と青崎橙子という吸血鬼はいう。

「最高位の人形遣いの名はしっかり残っているよ。そして、その二つ名もね、傷んだ―――」
「・・・・・・。」
「いや、失言だった。だから、そう恐い眼をしない方がいい、美人が台無しだよ。」

資料に在った記述は真実か、
たとえ吸血鬼になった今でもそれはタブーらしい。

「ほんとはね、吸血鬼でも美人とは闘わないのがポリシーなんだけどさ。そうも言ってられない事情があってね。」
「ほう、そうか。」

俺は肩を竦めて続ける。

「確認することと、訊いておくことと、言っておくことが一つずつある。」
「気の利いた言い回しだな、・・・なんだ?」
「ああ、その前に煙草、俺にも一本くれないかな?」

ほら、とシガレットケースとライターが投げ渡された。
煙草を吹かして促す相手を見て吸いたくなったのだ。
ありがとう、と礼をいって火を付ける。

「・・・ふぅーー。これ、銘柄は何?」
「市販はされてない。それより時間はいいのか?」

そういって相手は自分の手首を差す。
そこには何もない。
おそらくは、腕時計の意味だろう。

「・・・そうだね、急いだ方がいいか。」

煙草を投げ返す。
相手がそれをしまったのを確認して、

「―――さて、キミはディの眷属に間違いないね?」
「ああ、その通りだ。数十年前に不覚をとってな、その当時の魔術や秘法を根こそぎ奪われた。
・・・ディ・ダークネス、闇色の支配者、災難だよまったく、自分が非力だったとはいえ、とんだ目にあった。」

やはりこれで見逃すことはできない。
それで、と相手は促す。

「ああ、やはり見逃せない。それで、キミは現在のディの所在地は分かる? 奴は今どこにいる?」
「さてね、知らないな。そもそも奴と相見えたのは襲撃された時の一度きりだ。」
「・・・直子であるキミにも感じられないのか?」
「ふむ、漠然とでいいのなら分からんこともないが―――」
「―――どこにいる?」
「はは、止めた方がいい。おまえでは倒せない、あれは化け物だ。それも進化している。」
「構わない、教えろ。」
「それがものを訊ねる態度か・・・いや、まあいい。教えてやろう、奴はここ日本にいる。」
「・・・日本に?」
「ああ、恐らくは陸続き。本州の何処かだろう。だがそれ以上は私にも分からない。」

直子であってもその程度か、
なるほど、やはり一筋縄じゃいかないらしい。

「・・・それで、言っておくこととは?」

聞いておくことは聞いた。
促す相手に俺は頭を切り替える。

「ああ、一応自己紹介をね、俺だけ知ってるんじゃ不公平だろう?」
「なるほど、そうだな・・・聞いておこう。」
「伏見銀迩、一応高校三年をやってる。そして―――」
「伏見? どこかで・・・」

相手は吸血鬼である前に魔術師、
聞いたことがあっても不思議ではない。
だが、思い出すのを待つほど暇ではない。

「―――魔女、だ」

いって、魔法を発動。
瞬間、女の回りに炎が猛る。

「―――な、んだと?」

その声と同時、
周囲の炎を認識した女は瞬時にその場を離れる。
魔術師のようなくだらない手続きも、そして予備動作も必要ない。
故に予測は不可能、発動したときは既に影響下。
それでも回避するあたり、流石は吸血鬼。
通常の人間なら三度は死んでいる。
なるほど、並々ならぬ反応速度だ。

―――が、予測範囲。

熱風を伴った炎が爆発の如き勢いで拡散する。

「―――ちっ、出ろ!」

女のその声に呼応して、
燃え盛る炎の中、オレンジ色の鞄がぱたん、と開いた。
鞄の中には、何もない。
しかし、
同時に────ナニか黒い物が、女の周囲を回る。
黒い物は、体を持った台風のように、
女をその目にして、ぐるぐるぐるぐると高速で回った。
いや、もはやそのスピードは一つの輪を象っている。
一秒を待たずして、炎は全てかき消された。
そうして、残されたのは女と閉じた鞄。
そして、彼女の前に座るネコだけだ。
ネコは女より大きい。
その体は真っ黒で、立体ではあるがその厚さは酷く曖昧だ。
あるいはそれは、立体の影で出来ているような存在。
ネコのようなシルエットで、頭の部分にエジプトの象形文字みたいな目だけがついている。

「それが影絵の魔物か、資料と違う気もするけど・・・」
「ふん、私も伊達に吸血鬼になったわけじゃない。いつまでも昔の資料が役に立つと思われては困るな。」

女はネコを従えて俺を睨みつけている。
その額には汗、先の熱風か、
いや、吸血鬼が熱さに汗を流すはずもない。
なら―――

「そう、これでもいってられるかな?」

女との間にあるオレンジの鞄がさらさらと塵となり消える。
影絵の魔物―――資料によると鞄内の映写機がその正体。
それが消えれば―――

「・・・なるほど、伊達じゃないみたいだ。」

黒いネコは依然女の前に佇んでいる。
ニャアとでも鳴けば少しはかわいいものの、あるのは目だけ。
そしてその目は俺をまっすぐに見据えている。

「それにしても・・・魔女か、驚いたな。中世に全て狩られて滅んだはずだが、そんな希少種がいったいなんの用だ?」
「協会から『ディ』の始末を依頼されてね、それがなかなか難しい。所在さえ掴ませないんだからたいしたもんだよ、だからこうして、その子から当ってるってわけだ。」

黒ネコが現れて出来た拮抗状態に、
俺は少し話しをすることにした。

「聞き間違いか、協会に? 教会じゃなくてか?」
「そう、協会に。」
「バカなっ! 中世ヨーロッパに代表される魔女狩り―――魔女[おまえたち]を滅ぼしたのは協会だぞ、知らぬわけではあるまい。」

驚いた、吸血鬼がこのようなことを言うものなのか・・・
女はそのまま続ける。

「自身の血で奇跡[まほう]を呼ぶ魔女[おまえたち]、協会とは別系統のもう一つの魔法。それを妬んだ魔術師の集まりが協会だ。事実、魔女[おまえたち]は滅ぼされ、その勢力は協会に取って替わられることになる。
魔術師達が追い求めるのは根源であって、辿るのは魔女[おまえたち]の影だ。魔女[おまえたち]が存在しなければ魔術という 方向[みち] さえ現れなかっただろう。」
「―――よく、知ってるね。」

呆れたというふうに肩を竦め、俺はそう評価した。

「当たり前だ、私も魔術師[かげおうもの]の一人だからな。」

言葉通り、女は当たり前のことのようにいう。

「一つ問いたい。」
「なんだい?」
「おまえには協会への復讐や、確執という概念は存在しないのか?」

女は吸血鬼ではなく青崎橙子として聞いているのだろう。
その瞳には懐疑の光が宿っている。

「少なくとも俺は、協会[そんなもの]に確執[きょうみ]はないよ、魔女[じゃくしゃ]が淘汰された。それだけさ・・・」
「そうか、」
「それじゃあ第二ラウンドを始めようか、急がないと時間がない。折角のデートなんだから怒らせてちゃつまらないしね。」

女はまったくだ、と同意する。
まあ、既になにか怒っていたみたいだけど、この際それは忘れよう。
取りあえずは目先の問題から片付けることにする。
時計をみると二十分も経っていた。

残り四十分―――全力を尽くす。




魔月夜T/了
02/06/30 22:10脱稿
03/02/04 22:23改訂


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