塵つもる部屋には、
少なからぬ思い出と、
ひとしきりの悲しさと、
時に忘れられたように、
白い手紙があった。
6/遠野家U
「それじゃあ今日は志貴さんのお部屋に? でも志貴さんはあまり物を遺されてませんよ?」
そろそろ空に橙の色が混ざり始めた頃、遠野家のリビングでは、
私、アルクェイド、琥珀さんの三人でお茶を飲みながら話しをしていた。
「わかってる。七夜の屋敷にだってびっくりするくらい何もないもの。」
琥珀さんが煎れてくれたのは紅茶で、
それを飲みながらの会話が一段落したところで私は今日の目的を告げた。
「そうですねー、志貴さんは最初この屋敷に来られたときから荷物が少なかったですし、七夜のお屋敷の方に移ったときだってほとんど何ももってませんでした。」
そう、志貴おじいちゃんは驚くくらい私物が少なかった。
今の話しを聞く限りは昔からそうだったみたいだけど、無欲というのか何というのか。
七夜の屋敷で育った私だって、年相応のおもちゃの幾つかは持っていたというのに・・・
まあ、それらで遊んだ記憶なんてほとんどないんだけど。
「とりあえず、部屋は昔のまま残ってるのよね?」
「はい、当時のまま残ってます。その、埃が積もってるかもしれませんが・・・」
「わかってる、それくらい平気よ。」
申しわけなさそうにいう琥珀さんに私はそう応える。
琥珀さんは細かい掃除というものが致命的に苦手なのだ。
本人曰く、一時期程酷くはなくなったらしいが、それでも屋敷内の掃除を最小限に抑えるために使っていない部屋は閉め切っていた。
そういうわけで、長い間使われていない部屋などには埃が溜まる。
「そう言ってもらえると助かります。」
「ええ、気にしないで。―――アルクェイド、さっきから黙ってどうしたの?」
さっきから黙っているアルクェイドに私は聞いた。
普段なら誰が黙っていようが関係ないのだが、ここにいるのは三人だけなので一人が黙っていると目立つ。
大人しく紅茶を飲んでいるだけなのだが、その前までうるさいくらい話しをしていた反面気になったのだ。
琥珀さんもどうしたんですか?なんて聞いている。
「んーこの前にここでお茶を飲んだときは妹と翡翠もいたのよね、それで志貴が帰ってきて何か笑っていきなり外に連れ出されたなあ、って・・・」
まるで昨日のことのようにアルクェイドはそんなことをいった。
琥珀さんはその台詞に一瞬息を飲んで、
「あはは、懐かしいですねー。でも、それが時の流れなんですよー」
とだけいった。
笑顔で応えたその表情には、だけど一抹の悲しさを漂わせている。
人間と吸血鬼。
そして、その時の流れの違い。
一週間前に目覚めたアルクェイドにはそれは最近のことで、数十年の出来事もまるで昨日のことのように感じる。
そこに空白の数十年は存在しないのだ。
だけど、その数十年をリアルに受けとめてきた残りの4人。
数十年という歳月は人の時間を奪い去るのには十分で、
現在まで生きているただ一人の琥珀さんには、それはとても重い事実だと思う。
だから、さっきの一言は私が思うよりきっと、とても重いものなのだろう。
「んー、そうね・・・うん、琥珀のいうとおりかも。それじゃ志貴の部屋見にいこっか?」
ほら姫流いくよ、とアルクェイドは立ち上がって私達を急かす。
あるいは、数十年の時が空白ということの方が悲しいことかもしれないな、
なんて考えていたけどこの女には適用されないようだ。
まったく、どこまでも天然でうらやましい。
「そうですねー、アルクェイドさんにドアを壊されてからじゃ遅いですし、いきましょう姫流ちゃん。」
「そうね、とりあえず目的を果しとくかな。」
いって私も立ち上がる。
目的は西館二階の奥、七夜志貴がまだ遠野志貴だった頃に使っていた部屋だ。
私達はリビングから出て階段を上る。
「あれ??」
西館の二階に入ったところでアルクェイドはそんな声を上げた。
「―――なに?」
「志貴の部屋どれかな、姫流わかる?」
アルクェイドはキョロキョロと廊下を見まわしながら私に聞く。
最初ふざけているのかと思ったがどうやら本当に分からないみたいだ。
私はため息混じりにアルクェイドに聞いてみる。
「アルクェイド、あなた志貴おじいちゃんの部屋、入ったことあるんじゃないかったの?」
「姫流ちゃん、姫流ちゃん。アルクェイドさんは窓からしか志貴さんのお部屋に入ったことがないんですよ。だからきっと、こっちからだとどのお部屋なのかわからないんですよー」
と、後ろから琥珀さんがそんなことを教えてくれた。
なるほど、だからさっきも当たり前のように窓から入ろうとしたわけか・・・
私が呆れている間に二人は先に進んでいった。
「―――こちらです。ちょっと待ってくださいね、鍵を開けますのから。」
ごそごそと懐から取り出した鍵で琥珀さんはドアを開ける。
「うわー、すっごい埃ね・・・あ、蜘蛛の巣も張ってるよ!」
「そうですねー、もう何年も誰も入ってませんから。」
「ふーん、そうなんだ。あ、窓開けるよ?」
そう、いうやいなやアルクェイドは窓に駆け寄ってそれを開けた。
部屋の中に流れ込んだ風が窓際に積もった埃を舞い上げる。
過去に一度だけ入ったことのあるこの部屋、
―――あれから10年近く経つのよね。
そう、志貴おじいちゃんが死んだときだ。
その数日後、秋葉おばあちゃんについてこの部屋に入ったことがある。
秋葉おばあちゃんはそこの窓から外を眺めて日が暮れるまで泣いていた。
後にも先にも秋葉おばあちゃんが泣いているところを見たのはそれっきり。
その時の私は手持ち無沙汰で、だけどこの部屋に居つづけた。
秋葉おばあちゃんが泣き止むまでずっと―――
「―――あ」
「やっぱり、すごい埃ですねー、・・・姫流ちゃん? どうしたんですか?」
「そうだ、机・・・」
あの時、鍵が掛かっていて開かない引き出しがあったのを思い出した。
私はその机まで歩み寄る。
「姫流? どしたの?」
二人が不思議そうに私を見ているなか、私は引き出しに手を掛ける。
―――まだ、鍵が掛かっている。
「琥珀さん、この引き出し、最後に開けたのっていつ?」
「引き出し、ですか? うーん、ちょっと分からないですねー、でもどうしてですか?」
「ちょっと気になったの・・・これの鍵ってどこにあるの?」
「え、それの鍵ですか? 私が持っているのは部屋の鍵だけですから、そういう物の鍵は持ってませんよ。志貴さんがお持ちになられていたはずなのでどこにあるかは・・・」
ということは誰も開けていないままということね・・・
「―――アルクェイド、これ無理矢理でいいから開けてくれない?」
「え、無理矢理って・・・それ鍵掛かってるんでしょう、壊れるよ?」
「構わないわ、やって。」
「うーん、いいの、琥珀?」
「まあ、姫流ちゃんにも考えがあるんでしょう。やっちゃって下さいな。」
困ったようにいうアルクェイドは、琥珀さんの返事を聞いて頷くと引き出しに手をかける。
いいのね?と私に目でいって、私はそれに頷く。
「―――えいっ!」
アルクェイドの掛声と共にバキンと豪快な音がして―――
「あはは、失敗失敗。」
「・・・何してるのよ。」
引き出しの取っ手の部分を持ってアルクェイドは笑った。
「力、入れ過ぎたのかな? もう一度ね・・・えいっ!」
今度は両手で引き出しの両側を持って引っ張る、バキンという音と同時に引出しが開いた。
「開いたよ? あ、何か入ってる。」
アルクェイドがそういったので私達は机を囲んでその中を見る。
「―――手紙?」
中に入っていたのは一通の手紙。
飾りのない白い封筒は月日の流れか色褪せて、
その表に走るに宛名は、
―――アルクェイドへ
そう書いてあった・・・
遠野家U/了
02/06/22 18:56脱稿