坂の上にある、鉄柵で囲まれた広い敷地。
木々に囲まれた庭は、すでに庭というよりは森。
そこには幾つかの離れと、
そして、その中心にある洋館。
―――遠野の屋敷
数十年前から変わらぬまま、
それはそこに在あった。
5/遠野家T
「ねー姫流、」
「―――今度はなに?」
横を並んで歩くアルクェイドをジロリと睨んで私は言う。
「あのさ、あなた結構直ぐに私のこと信用してくれたじゃない? どうしてかなって。」
志貴だってそんな早くなかったと思うけど、なんていってアルクェイドは私の顔を覗きこむ。
路地裏を出てからずっと、アルクェイドはこんな感じでどうでもいいことを聞いてくるのだ。
ねー姫流、何処に住んでるの? から始まって、
恋人いる?
学校おもしろい?
明日晴れるかな? などなど。
最初はよくこんなに質問が出てくるわね、と感心していた私だけど、二十分も経つといい加減答えるのも疲れて来た。
そんなことを考えながらも一応、応えを返す私はまだまだ甘いと思うのだが、
まあ、そんなのもたまにはいいだろうと思いなおすことにした。
飽くまで狩るべき対象である魔―――吸血鬼を相手にそんな風に考えるなんて普段の私なら考えられない。
なら、それはきっとアルクェイドに影響を受けたということ。
認めたくはないけど、私に影響を与えうる存在なのは間違いないから。
「別に信用したわけじゃないわよ、そんなのどっちでもいい事だから。」
「どっちでもいいって、どういうこと?」
アルクェイドは質問で返してきた。
まあ、その反応は予想通りで、私はためいきを吐いて答える。
「はぁ、いい? 私はあなたが別に誰だっていいの、人間でも・・・そして、吸血鬼でもね。私が決めたのはあなたと戦うのを止めたってことだけ。」
何処まで理解しているのかアルクェイドは首を傾げたまま、
だけど、私はそれに構わず続ける。
「それに、それだって飽くまで今は、ってだけ。後の保証はないもの・・・」
え?とアルクェイドは驚いた顔をして、一瞬だけ表情が険しくなった。
たぶん、正確に意味を把握できたのだろう。
「あら、怒った?」
私はアルクェイドを横目に見て、何でもないことのようにいう。
「ううん、今闘わないならそれでいい。それに・・・」
「それに?」
「うん、きっと後だって闘わないよ―――」
明るく笑ってアルクェイドはそんなことをいった。
私はその根拠が分からず眉を寄せて、
だけど、それは聞かないでおくことにした。
きっと、それは聞いても聞かなくても同じ事だし、なにより私も―――
「ねー姫流、」
もう何度も聞いたその言葉、アルクェイドのその台詞で私は思考を中断される。
まず間違いなくどうでもいいことを聞いてくるのだ。
私はうんざりという顔でアルクェイドの方を見る。
「・・・なに?」
「今晩なに食べるの?」
「―――っ、そんなこと知らないわよっ!」
「わ、姫流怒った。あ、ちょっと待って―――」
私はアルクェイドをおいてスタスタと坂を上る。
まったく、あれが何百年と存在する真祖なんて、
あれじゃ小学生とかわらないじゃない・・・
慌てて後を追ってくるアルクェイドを見て私は笑いが込み上げてくる。
そう、アルクェイドの言動は子供のそれなんだ。
私の何十倍も長生きしてるっていうのに―――
「あ、なに笑ってるの?なにかあったの??」
「別に、―――ほら、もう着いたわよ。」
気がつけば坂の上にある洋館―――遠野の屋敷に着いていた。
目の前にある門をくぐって玄関まで進む。
「うん、変わってない。懐かしいな、ここに来るのも久しぶり。」
「―――え? アルクェイド、あなた来たことあるの?」
アルクェイドは屋敷の風景をみて記憶の再認をしているようだ。
今にも走り出しそうなようすでキョロキョロと回りを見ている。
「うん、さっきの話しの頃に何度か・・・まあ、大体窓から忍び込むんだけどね。」
あそこの窓よ、とアルクェイドは二階の一室を指している。
なるほど、アルクェイドのやりそうな事だ。
一応、釘を刺しておくことにする。
「そうなの? でも今日は止めてね、それ―――」
振り返るとアルクェイドは居なかった。
慌てて回りを探して、
―――居た。
まったく、いつの間に・・・
アルクェイドは窓の近くの樹の上に移動していた。
直ぐにでも飛びついて窓から入ろうとしてるのが分かる。
「・・・・・・。」
私は無言で錐を飛ばす。
狙いは樹上のアルクェイドの眼前。
ヒュンと風を切って錐が飛ぶ―――
「わっ、もう、危ないじゃない姫流! いきなり何するのよ―――」
「―――いいから降りて。」
アルクェイドの文句を遮って私はいう。
睨まれたアルクェイドはブーブーと文句を言いながら樹の枝から飛び降りてきた。
私はキツク睨みつけて続ける。
「目の前に玄関があるんだから玄関から入ってちょうだい。」
むー、とアルクェイドが頷くのを見て、私は久しぶりに訪れた屋敷に入ることにした。
鉄でできた両開きの扉の横にある、不釣り合いな呼び鈴を押す。
ぴんぽーん、なんていう親しみのある音はしない。
「ねー姫流、ここって今、誰が住んでるの? 妹とかまだ生きてるのかな?」
「妹?」
―――妹
そういうからには志貴おじいちゃんの妹だろう。
ということは・・・
「ああ、秋葉おばあちゃんのことね、もう生きてないよ。えーと、私が中学上がる時だから・・・五年前かな。」
「そう、妹も・・・私、目覚めてすぐに志貴の生死しか確認しなかったから―――」
アルクェイドが残念そうに呟いたと同時、
扉の奥でぱたぱた、という慌ただしい人の気配がした。
がちゃり、と扉が開く。
開いた先にあるのは見覚えのあるロビーと、割烹着を着た『オネエサン』の姿だった。
私の後ろにいるアルクェイドはそれを見て驚いているのか、息を飲んでいるのが分かる。
「あ、姫流ちゃん? どうしたんですか、突然。連絡してくださればちゃんとお出迎えしますのに・・・」
「ちょっと、ね。」
そんな風に出迎えてくれたのは現在この屋敷を管理している琥珀さん、
いつも笑顔を絶やさないこの人は、強いていうなら謀略家。
ある意味、裏の支配者で、私がどうしても頭の上がらない人のひとり。
聞いた話では志貴おじいちゃんも同じだったらしい。
彼女は志貴おじいちゃんが小さい頃からこの屋敷に住み込みで働いている使用人で、
幼少の頃に当時の当主に引き取られて以来ずっとこうしてこの屋敷で奉公しているのだ。
正確な年齢はわからないらしいが、志貴おじいちゃんと同年代。
ということは既に喜寿を迎えているのは間違いないのだが、
しかし、その容姿は三十代でも通る程に若々しく、絶対におかしい。
その理由は何やら妖しげな薬の効果だとか・・・
「―――琥珀?」
アルクェイドは信じられないという風にいって、一歩前にでる。
琥珀さんもその声を聞いて気がついたのか、アルクェイドの方を見た。
「―――え?」
「やっぱり琥珀だー」
驚きの表情で一瞬だけ固まった琥珀さんは、
「アルクェイド、さん・・・?」
とお化けでもみたみたいに返した。
アルクェイドはアルクェイドで旧友にでも会ったみたいに満面の笑みを浮かべている。
「うん、まだ生きてたんだねー琥珀。あ、でもちょっと老けた?」
「―――あ」
その一言に私は声を上げた。
アルクェイドと琥珀さんが旧知の仲だということにも驚いたけど、
そんなことより・・・
―――まずい。
何がまずいって、今のアルクェイドの一言は自殺行為だ。
琥珀さんに老けた、なんて絶対に言ってはいけないことのひとつなんだから。
私が昔、琥珀さんにおばさん、と言ったときは原因不明の熱で1週間近く寝込む結果となったのだ。
それを笑顔で看病してくれたときの琥珀さんといったら、どんな死徒よりも恐ろしかった記憶がある。
早くアルクェイドを止めないと、どんなとばっちりが来るか分からないじゃない・・・
「ちょ、アルクェイド―――」
「・・・・・・。」
琥珀さんは笑顔のままだけど、その内部の怒りが見て取れる。
間違いなく危険な兆しだ。
「琥珀? どうしたの?」
「いえ、なんでもないですよーお久しぶりです、アルクェイドさん。」
こちらへどうぞ、と琥珀さんは私達を促している。
にこにこと笑顔を浮かべて・・・
―――手遅れ
私は頭に浮かんだその言葉にため息を吐く。
知らないわよ、どうなっても―――
「あれ? でも、琥珀ってもういい歳だよね? 全然若く見えるんだけど・・・」
何でかな、姫流わかる?とアルクェイドは私に話しを振ってきた。
もう既に覚悟を決めた私はそれに首を振って応える。
どうなっても知らないわよ・・・
もう、何度目かわからないため息を吐いてから横をみると、
アルクェイドは先を進む琥珀さんに同じ質問をしていた。
「ねー琥珀、今何歳? なんか全然若くみえるよね?」
「えっ、そうですかっ!? 私、若くみえますかっ!?」
「え、あ―――う、うん。みえるけど・・・」
アルクェイドは急に喜びだした琥珀さんに圧されている。
きっと、若くみえるという言葉がツボだったのだろう、琥珀さんは驚くくらい浮れている。
三十代で通じるくらい若くみえるといってもそれは実年齢を知ってるからで、
一般的に三十を越えて若いとはいわれないのだ。
まあ、だからきっと嬉しかったんだなと思う。
取りあえず危険は去ったのかな?
「姫流ちゃん! 私、若くみえるなんて久しぶりにいわれちゃいました。もう今夜はご馳走ですねっ!」
振りかえってそんなことをいった琥珀さんは、お茶入れてきますねーと軽い足取りでキッチンに入っていった。
「ねー姫流、琥珀・・・どうしたの?」
「・・・さあ?」
私はソファーに腰掛け、肩を竦めていう。
アルクェイドはきょとんとした顔でキッチンの方を見ている。
「あなたも座ったら?」
「あ、うん―――」
そう頷いたアルクェイドは、
結局、琥珀さんが戻ってくるまで立ったままだった。
遠野家T/了
02/06/18 21:27脱稿
02/06/22 15:49改訂